MOVIE 私の好きな、あの映画。
極私的・偏愛映画論『八月の鯨』選・文 / 大谷優依(インテリアスタイリスト) / October 25, 2020
This Month Theme登場人物の習慣が素敵。
海が見える窓辺でロッキングチェアに座り、ティータイムを。
憧れるような異国の住まいと食事とインテリアが出てくる映画が好きです。
映画は作られた世界だとわかっていても、地球のどこかでこんな風に暮らしている人もいるんだなあと、旅行者では見られない日常や習慣を覗かせてもらっている気持ちになります。
『八月の鯨』はそのひとつ。
まさに私が想像する憧れのアメリカンログハウスに住んでいる老姉妹のお話です。アメリカ・メイン州の小さな島の海辺の丘にぽつんと建っている家は最高のロケーションで、家からは海を眺望できる。
登場人物の老姉妹は家の外に出ることはなく、ずっと家にいるのですが、
庭を散歩したり、ベリーを摘んできたり、絵を描いたり。友人が遊びに来ればティータイム。これぞ理想の家と豊かな生活。
姉役のリビーを演じるベティ・ディヴィスが、ロッキングチェアに座り、オートミールがセットになったイングリッシュ風の朝食と紅茶をいただくシーンが一番好きです(決して美味しそうではないのですが……)。
妹役のセーラを演じるリリアン・ギッシュは、庭で摘んできたと思われる花をちゃんとテーブルに飾り、亡くなった夫や母の写真や家具のホコリを叩きながらご機嫌に掃除する姿も可愛らしい。映画はある数日間の話ですが、たぶん姉妹は毎日こうやって暮らしているのだろうなあと思うと、まさに理想の老後の生活。こんなふうに家にいて同じことをしている毎日だとしてもご機嫌に過ごしたいものです。
しかし映像の美しさの反面、この映画で無視できないのは老いていくことへの寂しさ。毎日の豊かな暮らしは彼女たちにとってルーティーンで、何か新しいことを始めるよりも、過去の楽しかった思い出話ばかりを楽しみに生きている様子は少し哀しさがあります。
ある日、姉妹の元を訪れた知人は彼女たちに向かってこう言います。
「人生の半分はトラブルで、あとの半分はそれを乗り越えるためにある」。
劇中での名言です。人生の終盤は過去を乗り越えるためにあるのか。心に深く残る言葉です。
撮影当時のリリアン・ギッシュは93歳、ベティ・ディヴィスも79歳という事実にびっくり。年老いてもなおエレガントで可愛らしい二人の名演技にも注目を。