ロバート・ライマン文/河内 タカThis Month Artist: Robert Ryman / April 10, 2018
白を基調とした作品を制作し続ける
ロバート・ライマン
「これまで白い絵を描こうとしたことは一度もないし、今もそうだ。白い絵を描いていると思ったことすらない。私にとって白という色は、絵画というものがどうやって作られているかを明確にしてくれる手段として選んだのであり、白を使うことで他のさまざまなことが目に見えてきたりするんだ」―ロバート・ライマン
草間彌生の回でも名前が出たロバート・ライマン。南部メンフィス生まれのライマンはもともとジャズ・サクソフォニストになるためにニューヨークにやってきたものの、ニューヨーク近代美術館(MoMA)で警備員の仕事をしたことで、日々見続けていたマーク・ロスコ、ウィリアム・デ・クーニング、バーネット・ニューマンの作品に刺激を受け、1950年代後半頃から本格的に制作を始めたというちょっと変わった経歴を持つ人です。アート界では白い絵のみを描くことでよく知られていますが、冒頭の言葉にあるように、彼自身は決して「白い絵」を描いているのではないと今にいたるまで言い続けているのです。
ライマンは使う色を当初から白、そして形も正方形に限定することによって描かれた絵のイメージではなく、質感やサイズなど物質としての絵画を検証できるのではないかということを問いかけてきました。言い換えれば「なにを描くべきか」という描くモチーフを取り除いたことで、「どのように描くのか」ということが重要なテーマとなっていったというわけです。
ライマンの絵は確かに白く塗っているけれど、よくよく見ると純粋にまっ白な絵というのは多くありません。また、画材にしてもキャンバスに油絵の具というだけでなく、アルミや鉄や紙やアクリルガラスなど多種多様で、「正方形」というフォーマットにこだわり続けながらもそれぞれのサイズは異なり、描き方や筆跡もかなりバリュエーションに富んでいたりするのです。
ライマンの展示を見るたびに感じていたことは、ライマンがもっとも注意を払っていたのは、もしかしたら光や照明の当たり方ではないかということです。というのも、白い壁に白い作品を展示するうえで、自然光と人工光の調整によってまったく異なる印象を与えてしまうため、展示する場所やその照明にものすごく繊細な注意を払う必要があると思えたからです。
ところで、そんな特殊ともいえる作品を制作し続けてきたライマンが最も敬愛しているアーティストが、意外にもマティスだというのですから驚きです。ただ、色の魔術師と謳われるマティスも、生涯にわたって「光と形」というテーマにしていたことを踏まえれば、ライマンがマティスを尊敬するのはわからないでもありません。ライマンのインタビューで記憶に残っている記述があります。それは「あなたの絵が飾られた部屋にやってきた人に、どんなことを感じてもらいたいですか?」という問いに対し、彼は静かにこう答えたそうです。
「以前、メトロポリタン美術館のフェルメール展を見に行ったときに、一枚の絵をじっとみつめる女性が本当に幸せそうな表情を浮かべていたのを覚えているんだ。それは小さな笑みで彼女は長い間そこに佇んでいた。そのとき私はこう思ったんだ。『やっぱり、絵画にとって一番肝心なのは、喜びを与えることなんじゃないだろうか』ってね。もしも誰かが絵を見て喜びを感じたとしたらそれに勝るものはないと思う」と。
色と形を制約することで様々の可能性を生み出してきたライマンの絵は、彼の答えに従うならば、見る者に喜びを与えることを念頭において制作されてきたというのです。何を描くかではなく、どのように描くか……。ライマンのシンプルなようで実はかなり奥深い絵は、絵に対するアプローチの仕方やプロセスなど、絵のあり方というものをいろいろ考えさせるだけでなく、見る喜びを意識させてくれるのではないでしょうか。
<東京・表参道でロバート・ライマン展が開催中>
6月2日(土)まで、今年3月にオープンしたばかりのギャラリー〈ファーガス・マカフリー東京〉にてロバート・ライマンの作品展を開催中。1961年から2003年までに制作された11の絵画作品が展示されている。ライマンの長きに渡る創作活動の全容を概観できる貴重なこの機会を、どうぞお見逃しなく。
ファーガス・マカフリー東京
東京都港区北青山3-5-9-1F
☎︎ 03-6447-2660
http://fergusmccaffrey.com