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極私的・偏愛映画論『リトアニアへの旅の追憶』選・文/松田沙織(「LT shop」 オーナー) / January 24, 2018

This Month Theme心地のよい部屋にときめく。

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リトアニアの断片(かけら)から我が家の心地よさを感じる。

リトアニア人の映像作家として知られるジョナス・メカスは、第二次世界大戦中にアメリカに亡命し、その後、アメリカのアートシーンが花開いた時代にフルクサスのメンバーとして活躍しました。リトアニア語では、ジョナスはヨーナスと読み、日本語でいうところの“太郎”のような昔ながらの親しみのある名前です。メカスの名前を知らずとも、メカス撮影のジョン・レノンとオノ・ヨーコのベッドの上の映像を知っている方は多いのではないでしょうか。

そのメカスが亡命後はじめて故郷へ帰った旅をまとめた作品が『リトアニアへの旅の追憶』です。手持ちの16mmフィルムカメラで撮影し、ランダムに編集された同作は、発表された’70年代当時、実験映画としては異例のヒットとなったそうです。メカス作品はアート性や手法が注目されがちですが、本作には実はたくさんのリトアニアの断片(かけら)がちりばめられています。

目に留まるものすべてが愛おしく、メカスにとって故郷を感じるものであったのだと、リトアニアの暮らしを知れば知るほど共感できるようになりました。カゴに山盛りのりんご、寝そべる子猫、夏をリトアニアで過ごすガンドラス*、ベリー、じゃがいものパンケーキ、ヘンルーダ*の種、ミルクピッチャー、雨の後の虹……。無意識にカメラを向けたように見える何気ないひとこまは、リトアニア人だったら誰もが頷く光景であったり、伝統的なものであったり、説明のつかないものがないと言っていいほどに、リトアニアらしい日々の断片の集積を見ることができます。

その中でも度々登場する家族で食卓を囲むシーンは、リトアニアの旅でよく遭遇するものです。テーブルの上には山盛りのご馳走が並び、肩を並べて家族が集います。リトアニアのどこのお宅を訪ねても遠くから家族が帰ってきたかのように、いつもご馳走を用意して待っていてくれるのです。夏の午後のワンカットに映るのは、小さなダイニングルームに真っ白なテーブルクロス、いつもより多い家族のためにつぎはぎに寄せ集めた椅子、大きな観葉植物、窓からの光のゆらぎ、傍に座るお母さんの姿。ほんの一瞬映し出されるだけですが、我が家の心地よさの普遍性を瞬間的に捉えた美しいシーンです。

メカスが作品の中で語るように、彼は、“反戦行為”としてカメラを手に取りました。戦争があったことを、かつて安心して眠れぬ家があったことを忘れてはならないと。ホームムービーという私的な視点が意味するところは、「人間をその人の小さな部屋に、家庭に連れもどしたいのです。人間に、家庭というものがあることを思い出させたいのです。(中略)自分の魂と向きあえる家庭があることを。」(版画掌誌『ときの忘れもの』第5号ジョナス・メカス特集 木下哲夫訳より)という彼の思いにありました。この映画を観た多くの人が、メカスの極私的な映像の先に自身の記憶を見るといいます。長らくフィルムかVHSだけだったメカス作品のDVDが遂にリリースされました。故郷の原風景を感じる作品として、これからも世代を超えて人々の心に刻まれていくことと思います。

*ガンドラス:赤いくちばしのコウノトリ。日本語名はシュバシコウ。リトアニアの国鳥で南アフリカから子育てのために夏をリトアニアで過ごす。
*ヘンルーダ:リトアニアの国花。初夏に黄色い花を咲かせる。

illustration : Yu Nagaba
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メカスがリトアニアを旅した1971年は正にソビエトの体制が栄えた時代でした。冷戦化の中で、アートの手を借りて未開の東の様子を公開したことは、政治的にも意味のあったことだと推察されます。
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Title
『リトアニアへの旅の追憶』
Reminiscences of a Journey to Lithuania
Director
ジョナス・メカス
Screenwriter
ジョナス・メカス
Year
1972年
Running Time
87分

「LT shop」 オーナー 松田 沙織

ヨーロッパ北東部に位置する豊かな自然と中世からの古い街並みを持つ小さな美しい国、リトアニアで作られた木のキッチンツールやカゴ、洋服をセレクトしたお店を営む。リトアニア唯一のBean to Barブランド「Chocolate Native」も販売している。

ltshop.net

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