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『雨と休日』店主 寺田俊彦さんが語る今月の映画。『パターソン』 【極私的・偏愛映画論 vol.89】April 25, 2023

This Month Theme朝に観たくなる。

『雨と休日』店主 寺田俊彦さんが語る今月の映画。『パターソン』 極私的・偏愛映画論 vol.89

作ることを仕事にしている人、あるいは仕事にしたいと思っている人へ。

舞台であるパターソンという街はアメリカ・ニュージャージー州に実在する都市で、劇中の路線バスも本物。主人公の名もまたパターソン。彼はバスの運転手をしながら日々「秘密のノート」に詩を書き連ねる。

主役はもちろんアダム・ドライバー演じるパターソン本人だけど、街や、詩が同じように主役であると感じる。

巡回するバス。滝の水。お弁当。夜の散歩。パターソンの日常は毎日が同じことの繰り返しのよう。しかしどうだろう。バスの乗客の会話。街で見かける人々。妻ローラの行動。行きつけのバーでの出来事。同じようで少し違う。

もしあなたが 朝にこの映画を観るなら、朝食の準備をしながら、食べながら、とかかもしれない。日常会話のセリフは少しぐらい聞き逃してもいいけれど、物語の端々で呟かれる詩は聞き逃さないで欲しい。

日々、見て、聞いて、感じることを詩に連ねるのがパターソンの日課であり、彼の人生のアーティスティックな側面なのだけど、時折見せる、例えば通勤途中ですれ違う人や木の葉の変化を観察してそこからインスピレーションを得ようとするような、彼が自然におこなってしまう仕草には、創作を生業としている人にとって共感するところが多いのではないだろうか。観客が見つめるパターソンの1週間は淡々と過ぎていくが、日常の中から何かを見出そうとする者にとっては、「淡々と」の中の小さな変化にこそ大きな意義があるのだと膝を打ちつつ観ることだろう。

詩を書くことはおそらく誰にでもできる。でも自分を詩人と呼ぶには覚悟が必要。パターソンは終盤、永瀬正敏演じる日本の詩人に「あなたもパターソン(街)の詩人ですか?」と訊かれた時に「バスの運転手だ」と答える。例えばミュージシャンを志す者なら気軽に自分をミュージシャンと名乗れるだろうか。堂々と名乗れるのはいつなのだろうか。そんなことを考える。あの時「運転手」と答えたパターソンは、次に同じことを訊かれたら「詩人だ」と答えたに違いない。(と書きたくなる映画なのだ!)

月曜日の朝、ベッドで目覚めるシーンで始まり、また次の月曜日の朝のシーンでこの映画は終わる。明日の朝が、どんな「少し違う」朝になるのか、楽しみになる映画です。

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映画と詩の素晴らしい融合、そして愛犬の憎めない可愛らしさ。「スターウォーズ」で見せていた情けない風情のアダム・ドライバーはここには居らず、彼の役者としての才能を見ることができます。
Title
『パターソン』
Director
ジム・ジャームッシュ
Screenwriter
ジム・ジャームッシュ
Year
2016年
Running Time
118分

illustration : Yu Nagaba movie select & text:Toshihiko Terada edit:Seika Yajima


『雨と休日』店主 寺田 俊彦

「穏やかな音楽を集める」というコンセプトでセレクトされたCDの専門店『雨と休日』。店で紹介する音楽は店主自らが聴き込んで、実感を持ってお薦めできるものだけを紹介。web shopでは、季節に合わせてお薦めしたい作品を解説とともに紹介するコーナーも。

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