MOVIE 私の好きな、あの映画。
極私的・偏愛映画論『OLD JOY』選・文 / 平松麻(画家) / September 25, 2022
This Month Theme大人になる。
旧友と向き合う静かな時間。
2021年夏、シアター・イメージフォーラムでケリー・ライカートを知った。主流ハリウッド映画の大波とは異なり、凪が岸辺に描き出すラインを観ているかのような感覚を覚えて、惹かれるようになった。
上映された4作品のうちの『OLD JOY』もまた、装飾のない沈黙の映画だった。
旧友である中年男ふたりが、ポートランドはずれの森にある秘湯を目指し、道に迷い、野宿し、焚き火し、湯に浸かって、また街に帰る。たったそれだけを映したスロウシネマは、大人になるがゆえの切なさを思わせた。
古き良きかつてを共にした旧友に会えば、しばし「今」から離れられるだろうか? 旧友と過ごせば、日々の漠然とした不安を忘れられるだろうか?
“オールドジョイ”に期待すればリフレッシュできるかもしれない——。
そんなふうにして、主人公のカートとマークは久しぶりに再会した。
カートは、ヒッピー然とした根なし草で自由だけれど、親密なパートナーや友人をもつ気配がない。
一方マークには家庭があるが、妊娠後期の妻との関係がピリついているうえ、親になる覚悟が持てないでいる。地域貢献活動に精を出し、リベラル層が愛聴するラジオ番組に耳を傾ける日々。
そんな対照的なふたりの再会は、期待通りハッピーな交差となったのか?
いや。うすうす分かってはいたものの、旧友との再会にはギクシャクがつきまとう。会ってすぐは、あれはこうだった、あいつはこうなった、と話せても、そのあと話題がさしてあるわけでもなく。大人になった互いの人生行路はもうだいぶ違ってしまっている。
野宿して焚いた火の前で、カートは一瞬本音をさらけ出した。
「マーク寂しいよ 君がとても恋しい 君と友達でいたいのに何か壁がある」と。
それなのにマークが返したのは「僕らは友達だ 何も問題ない」という戸惑いを隠すだけの簡素な言葉。
会話がダメならと、素っ裸になった温泉でカートはマークをマッサージし始める。ホモソーシャルの表現なのか、はたまた仕返しなのか、もしくは熱を帯びた感情なのか、ふたりの友情の意味合いとは……。
今日ばかりは誰かを感じたいカートと、今日ばかりは関係を重たく感じたくないマークの相容れない沈黙が切ない。大人になって再会したことで、友情が本当に古び始めたことをふたりは勘づいている。
ポートランドの緑が始終潤んでいて美しい。風や小川や虫が、「悲しみは使い古したよろこび」というカートのセリフを森のあちこちに反響させる気がしてくる。