TRAVEL あの町で。
『バヒュッテ』清野郁美さんが案内。京都人の”普段着”が覗く、叡電沿線を途中下車の旅。March 02, 2024
京都はいつ訪れても発見に満ちた街。だからこそ、好奇心に任せ、気ままに巡るのが面白いと思うのです。現地在住のガイドが案内する、古都のふだんの表情。ここでは、雑貨『バヒュッテ』オーナー、清野郁美さんが叡電の魅力について教えてくれました。
自然とカルチャーが隣り合い、 京都人の“普段着”が覗く沿線へ。
「一乗寺までは足を運んだことのある人が多いけれど、もう一駅先の修学院はなにもないと思っている人も多くて。“あの街といえばあの店”と言われたくて修学院に店を構えることに決めました」と、古書と雑貨『バヒュッテ』店主の清野郁美さんは話してくれた。そんな思いで店を構えてから5年。目論見どおり、今や『バヒュッテ』を目指して修学院へと足を運ぶ人も多い。同時に清野さん自身も左京区、叡電沿線で暮らし始めることになった。「生まれ育った場所は嵐電が近くにあって、電車には馴染みがあるし好きでした。ここへは叡電に乗って来てくれる人が多いし、初めて乗ったわという人もいて。叡電に貢献してるんじゃないかと」と笑う。
真っ先に案内してくれたのは『鷺森(さぎのもり)神社』と、そこから曼殊院門跡の前を通って白川通へと戻る散歩道。「神社の石碑の横に店を建てたこともあって、お参りを兼ねて朝の散歩に出かけるのが私の定番。西参道にはヤマザクラやモミジ、モクレンなどが植えられていて、春や秋の眺めは圧巻です。本殿を抜けて御幸橋を渡って向かう、南参道脇の木々が並ぶ様子や木漏れ日も見逃さずに。曼殊院門跡の周りは武田薬品工業の薬用植物園があって、春には道沿いに植えられたサンシュユの黄色い花が咲き誇るのも楽しみの一つ。真っ赤な小さい実をつける秋もいいですね。そのあたりからは修学院の街並みも見えて、清々しい気持ちになりながら下ってくる30分ほどの一周がいつものコース。夏にはさらに奥の砂防ダムまで足を延ばすこともあって、すぐ身近に自然のある素晴らしさを感じています」。京都は街と自然とが近いのが魅力ではあるけれど、徒歩圏内で実感できるのが修学院なのだ。「修学院にはもう一つ、線路沿いに『大黒湯』という銭湯があって、大きなお風呂に入りたい日はこちらへ」。街で愛され続ける銭湯は、普段着の京都を感じられる一面。
いつも明るく、気取らない人柄に友人もファンも多い清野さん。自身が店を選ぶ際にも大切にするのは店主の人柄だという。ランチなら元田中の『キッチンごりら』、夜なら一乗寺の『寝台船』をすすめてくれた。「肉を食べたい気分の日は『キッチンごりら』。分厚いポークステーキは、運ばれてきた瞬間からテンションがあがります。肉々しい感じと大好きなバルサミコソースが選べるのもポイ
ント。店主の谷本斉さんが調理するのを、カウンターに座って眺めるのもライブ感があっていい」。『寝台船』は一乗寺駅からすぐにありながら、密やか感のある居酒屋。「いわゆる左京区っぽさがある場所は苦手なんですが、ここは違っていてお客さん同士が群れる感じがしない。最初は少し入りづらいけれど、気づいたら時間が経っている不思議さ。おでんやチャーハンなど料理もおいしいし安い。店主の古川聖也さんの飄々とした感じもよくて」
沿線には大学がいくつもあることから、カルチャー的な要素も多い叡電沿線。元は書店員、今は古書店店主の清野さんだけに本は欠かせないものの一つ。「『紫陽書院』は学生時代から足を運んでいた古書店。アートやデザインから文芸まで、バランスよく揃って値付けも良心的です。それに大学に併設されたギャラリーに足を運ぶのも好き。大人になった今、キャンパスに入るだけでワクワクしますよね。非日常でありながら美術館ほど背伸びもせず。とりわけ『京都精華大学ギャラリーTerra-S』は前衛的なアートが多い印象。新しいものに触れられる機会がうれしい」
のんびりと車窓からの景色を眺めて、気になるものを見つけたら降りて。自然と街とが溶け合う叡電沿線ならではの散歩は、ローカルの暮らしをチラリと覗かせてもらう時間だ。
朝の散歩から夜の酒場まで、途中下車して一日かけて。叡電で周る、6つのスポット。
キッチンごりら
Kitchen Gorilla 元田中
ポークステーキに豚ハンバーグ、ビフカツと、ボリュームある肉が主役の洋食店は京大近くに店を構え12年。「塩胡椒でシンプルに食べるビフカツや、1 本から追加できるエビフライ
もいい」と清野郁美さん。
▷京都市左京区田中樋口町17‒3 ☎075‒702‒3905 11:30~14:15LO(土日祝11:00~) 17:30~20:00 不定休 営業日時はFacebookで確認を。
紫陽書院
Shiyoushoin 茶山・京都芸術大学
「本を読む生活の楽しさを伝えたくて」と、店主の鎌倉麻里さんが30年ほど前に開店。
▷京都市左京区一乗寺西水干町15‒2 ☎075‒702‒1052 12:00~18:30(冬季~18:00) 不定休、終日雨の日は休 製本のためのヨーロッパの紙を使った、オリジナルノートの販売も。
寝台船
Shindaisen 一乗寺
学生時代を京都で過ごした店主の古川聖也さん。就職で離れたものの、程なく街の雰囲気が忘れられず戻ってきたという。自ら改装した店内に張られた無数のチラシや名刺などに特別な意味はない。「誰かの何かを思い出すきっかけになれば」と古川さん。不思議と居心地のいい酒場に。
▷京都市左京区一乗寺南大丸町84 ☎080‒6182‒1801 18:00~24:00 日休ほか不定休
大黒湯
Daikokuyu 修学院
現在92歳になる谷本貞夫さんが、銭湯の経営を譲り受けて60年ほど。現在は娘の朝子さんと共に切り盛りする。「お湯は肌あたりが柔らか。地下水を薪で沸かしているからだそう」と清野さん。歴史はあるものの、2006年に改装された浴場や脱衣場は隅々まで手入れが行き届いている。
▷京都市左京区山端柳ケ坪町16‒3 ☎075‒722‒0268 15:00~23:00 水木休
鷺森神社
Saginomori Shrine 修学院
平安時代の貞観年間創建と伝わる古社。元禄2(1689)年に、もともと祀られていた修学院離宮から現在地に遷された修学院・山端地区の氏神様。「うちにとっての氏神様でもあり、清められた境内を歩けば、心も清々しく軽やかに」と清野さん。毎年5月5日に開催される神幸祭は、菅笠に紅だすきの着物姿の小学生男子が練り歩く。
▷京都市左京区修学院宮ノ脇町16 ☎075‒781‒6391 拝観自由 無休 拝観料無料
京都精華大学ギャラリー Terra-S
Kyoto Seika University Gallery Terra-S 京都精華大前
芸術やデザイン、マンガなどの学部を持つ京都精華大学で、展示発表の場として2022年に新設されたギャラリー。520㎡もの広々とした展示空間の壁の一面はガラス張りになっていて、借景を取り込んだ展示も可能。作品や展示スタイルによって、がらりと印象を変える。「大学のギャラリーは、ほとんどが無料で開放されているのもうれしい」。
▷京都市左京区岩倉木野町137 ☎075‒702‒5263 11:00~18:00 日祝休ほか不定休
EIDEN MAP叡電
市内北東部のターミナル駅である出町柳駅を起点に比叡山へ向かう叡山本線と、鞍馬へ向かう鞍馬線からなる叡電。今回は南から元田中、茶山・京都芸術大学、一乗寺、修学院、京都精華大前の5 つの駅にあるスポットを紹介。このなかでもっとも最寄り駅から離れた鷺森神社は、修学院駅から歩いて10分少しの距離。ほかは駅から5 分以内の場所にあり、巡るのにも便利。沿線を巡るには叡山電車1 日乗車券¥1,200や、バスや京阪電車と組み合わせた1 日乗車券を手に入れたい。
清野郁美『バヒュッテ』 オーナー
京都に生まれ育ち、書店員と雑貨店員を経て2019年、修学院に古書と雑貨の店『バヒュッテ』を構える。店内の一角は立ち飲みスペースに。▽京都市左京区山端壱町田町38 ☎075–746–5387 14時~20時 8月15時~21
時 火水休ほか不定休 営業日の確認はInstagramで。
photo : Yoshiko Watanabe illustration : Junichi Koka text : Mako Yamato