MUSIC 心地よい音楽を。
今月の選曲家 小林和人October 05, 2018
October.05 – October.11, 2018
Saturday Morning

遠くで鳴るピアノの響きが聴こえると、コントラバスがそこに骨格を添え、テナーサックスのかすれた筆致は、エフェクターによってどこまでも続く余韻となる。高い音域から紡ぎ出される歌声に気付けば引き込まれ、祈りと酩酊は同義であるかの錯覚に陥る。
20年近く前の或る日、吉祥寺の古ビルの2階で始まったばかりのラウンダバウトに、旅人の様な痩せた男が現れた。彼こそ、Tsuki No Waのフミノスケ氏であった。
酒場だと思って階段を上がってきたという彼との出会いを機に、ラウンダバウトでの演奏会が実現した。全くの偶然ではあるが、振り返ると必然を感じずにはいられない。
この曲を聴く度に、瞼の裏に浮かび上がるのは、真夏の演奏会の風景である。鉄枠の窓とモルタルのひび割れた床、絨毯の階段。そして、汗ばんだ人々の後ろ姿。
今では店も移転し、かつてあったあの場所はもう無いが、うだる様な暑さの季節がやってくると、
あの残響音が記憶の中で聴こえる様な気がする。
20年近く前の或る日、吉祥寺の古ビルの2階で始まったばかりのラウンダバウトに、旅人の様な痩せた男が現れた。彼こそ、Tsuki No Waのフミノスケ氏であった。
酒場だと思って階段を上がってきたという彼との出会いを機に、ラウンダバウトでの演奏会が実現した。全くの偶然ではあるが、振り返ると必然を感じずにはいられない。
この曲を聴く度に、瞼の裏に浮かび上がるのは、真夏の演奏会の風景である。鉄枠の窓とモルタルのひび割れた床、絨毯の階段。そして、汗ばんだ人々の後ろ姿。
今では店も移転し、かつてあったあの場所はもう無いが、うだる様な暑さの季節がやってくると、
あの残響音が記憶の中で聴こえる様な気がする。
アルバム『Ninth Elegy』収録。
Sunday Night

偶然と必然、固有と普遍といった、相反するとされる二つの概念の境界は、意外に曖昧で、
互いに入り混じった関係なのかもしれない。
ブラームスのピアノ小品を参照した一節が印象的に繰り返されるこの曲は、固有の中から普遍性を抽出し、別の角度から光を当てる試みであるとはいえないだろうか。
もう3年も経つが、建物の取り壊しが目前に迫った2015年12月8日、移転を控えたラウンダバウトにて、FOLKLOREの演奏会を開催した。
椅子がぐるりと音楽家たちを取り囲む様な配置のなか、照明を下げ、僅かな光の中で静かに演奏が始まった。それを聴きながら、私はずっと、この場所で起きた色々な出来事、鳴り響いた音、行き交った人々について思いを巡らしていた。
演奏会のハイライトの時間の最後を飾ったこの曲が続く間、会場にいる聴衆、演奏者、その場に居る全ての人々によって、様々な個別の感情がひとつの大きな流れに注ぎ込まれ、眼に見えない悠然たる河がそこに現れた気がした。
それ以来、冬が近づくとこの曲を聴きたくなり、そしてまた、ひとたび聴くと、あの日のあの場所で共有した想いが蘇るのである。
互いに入り混じった関係なのかもしれない。
ブラームスのピアノ小品を参照した一節が印象的に繰り返されるこの曲は、固有の中から普遍性を抽出し、別の角度から光を当てる試みであるとはいえないだろうか。
もう3年も経つが、建物の取り壊しが目前に迫った2015年12月8日、移転を控えたラウンダバウトにて、FOLKLOREの演奏会を開催した。
椅子がぐるりと音楽家たちを取り囲む様な配置のなか、照明を下げ、僅かな光の中で静かに演奏が始まった。それを聴きながら、私はずっと、この場所で起きた色々な出来事、鳴り響いた音、行き交った人々について思いを巡らしていた。
演奏会のハイライトの時間の最後を飾ったこの曲が続く間、会場にいる聴衆、演奏者、その場に居る全ての人々によって、様々な個別の感情がひとつの大きな流れに注ぎ込まれ、眼に見えない悠然たる河がそこに現れた気がした。
それ以来、冬が近づくとこの曲を聴きたくなり、そしてまた、ひとたび聴くと、あの日のあの場所で共有した想いが蘇るのである。
7インチ・アナログシングル『River』収録。