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音楽家・石橋英子さんの”心を解放する映画"とは?「もっと自由な、冒険できるものづくりを」December 23, 2024

『ダンサー・インザ・ダーク』 などで知られるデンマークの映画監督ラース・フォン・トリアーによる作品。尊敬する同国の監督のヨルゲン・レスに、自身の短編映画『完全な人間 (ルビ:パーフェクト・ヒューマン) 』のリメイクを5本撮るように命じるが、すべての制作の決定権は、トリアーが握る。「1カット12フレームで撮影すること」「世界で最も悲惨な場所に行って撮影すること」「自分が主演となること」「アニメーションで制作すること」など、それぞれの作品に突きつけられた難題に、ヨルゲンがどう答えるのかを描いたドキュメンタリードラマ。ラース・フォン・トリアーの5つの挑戦 / ラース・フォン・トリアー / 2003年 / 103min. photo : ©︎ Alamy Stock Photo / amanaimages
『ダンサー・インザ・ダーク』などで知られるデンマークの映画監督ラース・フォン・トリアーと彼が尊敬するヨルゲン・レス監督が共同で製作した映画『ラース・フォン・トリアーの5つの挑戦』。トリアーは、レス自身が監督した短編映画『完全な人間(ルビ:パーフェクト・ヒューマン)』のリメイクを5本撮るようにレスに命じる。「1カット12フレームで撮影すること」「世界で最も悲惨な場所に行って撮影すること」「自分が主演となること」「アニメーションで制作すること」など、トリアーが突きつけた難題に、ヨルゲンがどう答えるのかを描いたドキュメンタリードラマ。ラース・フォン・トリアー / 2003年 / 103min. photo : ©︎ Alamy Stock Photo / amanaimages

なぜ新たに作品を作るのか、の先にあるもの。

濱口竜介監督による映画『ドライブマイカー』『悪は存在しない』の楽曲を手がけていることでも知られる音楽家の石橋英子さん。2025年2月号(12月20日発売)の「明日を生きるための映画」特集と連動して、"心を解放する"映画について聞いてみた。挙げてくれた『ラース・フォン・トリアーの5つの挑戦』との出合いは、15年以上も前のこと。
「もう既に世の中にはいろいろな素晴らしい作品があるのに、あえてなぜ、自分は新しい作品を作るのか、ということを考えていた時期でした。非常にショッキングで、身につまされた、というのが最初の感想。トリアーは自分が尊敬する、いわばデンマークで巨匠と名高い監督のレスが手がけた彼自身のリメイク作品に『全然だめ、期待はずれ』などの厳しい言葉を投げつけ、さらに困難な条件を突きつけて制作するように命じます。最初は、先輩によくこんな仕打ちができるなと思いましたが、彼らのやりとりを見ているうちに、そうか、何かを創造することは方法論やテクニックやスタイルを見つけることではなく、時にはそれらを放棄して、その根底にある心みたいなものを解放するしかないのだと気付かされたのです。ただ、緊張感のある二人の対話を見ていると、その難しさ、厳しさも見て取れます。トリアーの表情は常に真剣で、笑顔でいても目は全然笑っていない。人と人が本当に心を解放して対話するということは、リラックスしてコミュニケーションをとる、ということではない。決して簡単なことではないのだと感じます」

課せられた条件の中で数本の映像制作を続けていたレス。しかし、終盤に、突如トリアーが自身で描いたシナリオに基づき、用意されたナレーションを読み上げるように指示する。映像はすべて、レスが挑戦に応えて映画を作っているときに見せた楽しそうな笑顔や、レスが自分では絶対に公開しないであろうリハーサルの様子などで構成。そして、「君は私の人間性を引き出そうとして失敗した。本性を現したのは攻撃する側だった。完璧な人間の倒れ方?それはこんなふうだ」とレスがナレーションを読み上げ、倒れ込むシーンには、思わず涙したという石橋さん。「トリアーは失敗を告白し、創造的再生の場所だけ与えて、この映画自体を手放し、立ち去る。素敵なもの、美しいもの、理解されるものを作りたいという想いから解放されて、自分への妨害や挑戦によってどうしてもはみ出さざるを得ない部分をどうやって作品で表していくのか、ということなのだと思いました。心を解放して作品を作るということとははどういうことなのか、その答えが最後に立ち上がってくるように感じて、涙が出てきました」

トリアの難題に応えようと、製作を続けるヨルゲン・レス。photo : ©︎ZENTROPA REAL APS / WAJNBROSSE PROD / ALMAZ FILM PROD / Album / amanaimages
トリアーの難題に応えようと、製作を続けるヨルゲン・レス。photo : ©︎ZENTROPA REAL APS / WAJNBROSSE PROD / ALMAZ FILM PROD / Album / amanaimages

ダメな作品を作ってほしい、というリクエスト。

石橋さんが、特に印象に残ったのは、トリアーがレスに伝える「ダメな作品を作ってほしい」という主旨の台詞。「これは、トリアーが自分に向けて言っていることでもあると思うんですよね。何かを作るとき、どうしても100%の仕事をしたいとか、いい人でありたいとか、全員を喜ばせたいとか思ってしまうもの。でも、そうなると、すでにどこかにあるようなアイデアを持ってきたり、嘘をついたりしないといけない可能性がある。ダメな作品を作ってほしい、という言葉は厳しくもあるけど、同時に許されるといいますか。もの作りをしている人間にとっては、100点じゃなくても80点でいいんだくらいの気持ちでいられる、つまり、もっと自由でいさせてくれる言葉でもあるんです」

石橋さん自身も、作品をオーダーされた際に言われた、忘れられない言葉がある。「『ドライブマイカー』の制作の終盤に、濱口さんから『あともうひと超えするような名曲を作ってほしい』と言われたんです。いわば、トリアーの逆ですよね(笑)。名曲か、そこまで言われると、絶対に作れるわけない、と。リファレンスには、たとえばエンニオ・モリコーネ、ヘンリー・マンシーニなどの巨匠まで出てきて。それなら、私に頼んでいる時点でもう負けだから、いっそのこと自由に作ろうと思えました。そして、できあがった曲に対しての濱口さんの反応は『とても好きです』で、良かったなと。この映画でもそうですが、ゴールを想定するのではなくて、その時々に起きていることに対して、冒険していく。それに尽きるのだ、と今となっては思います。作中でレスが、嫌いだったアニメーションに挑戦していたのを思い出して、私も苦手意識を抱いていたアニメ音楽の依頼を受けてみたら、すごく面白かった。ものづくりに限らず、日々の暮らしでも、失敗や衝突を恐れ、これは言っちゃいけないだろうなどと考えて、さまざまな可能性を排除して、凝り固まってしまうことって多々あると思うんです。でも、心を解放して、もっと自由に人と関わることができたら、いろんな可能性が生まれてくるんじゃないでしょうか」


音楽家 石橋 英子

千葉県出身、日本を拠点に活動する音楽家。電子音楽の制作、舞台や映画や展覧会などの音楽制作、シンガー・ソングライターとしての活動、即興演奏のほか、演奏者として数多くの作品やライブにも参加している。ミュージシャンのプロデュースも行う。近年では劇団マームとジプシーの演劇作品、アニメ『無限の住人-IMMORTAL-』(浜崎博嗣監督)、映画『ドライブ・マイ・カー』『悪は存在しない』(ともに濱口竜介監督)の音楽を担当。

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