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ポルトガル料理研究家、文筆家の馬田草織さんが語る今月の映画。『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』【極私的・偏愛映画論 vol.96】November 25, 2023

This Month Themeキッチンのシーンが心に残る。

迷ったら、思いどおりにやってみる。

納得できないけど抗えない。クライアントの意向に会社の指示。仮にそれらを優先し評価を得たとしても、自分の中にある思いは生煮え、いや、火にかかってもいずに冷たいままだ。そんな状態で働き続けたらいつか自分は凍え死ぬ。そう思い、30代半ばで会社を辞めた。じゃ、自分の思いって何なのか。本当は何がしたいのか。フリーランスのライターになって得た自由な時間を、しばらく旅に費やした。ある日旅先のポルトガルで出会ったご夫婦は、庭にある薪釜でパンを焼き、肉料理を仕込み、客人である私をもてなしてくれた。まるで夫婦そのものでもあるその料理をいただきながら、自分が探りたいのはこれだと気がついた。以来、暮らしの中にある料理と人を取材するのが、私のライフワークになっている。

『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』という映画は再生の物語だ。監督のジョン・ファヴローが主演・脚本・演出と4役全てを担った。彼自身、爆発的大ヒット作となった『アイアンマン』シリーズ3作目の監督続投を断り、一説には10億とも言われるギャラを蹴ってもなお撮りたかった物語だ。高級フレンチレストランの雇われシェフである主人公のカール・キャスパーは、何年も定番メニューを頑なに変えないダスティン・ホフマン演じる堅物オーナーと決別し、自分が心底おいしいと思えるキューバンサンドイッチの店をフードトラック(屋台)から始める。料理を映画に置き換えれば、それはジョン・ファヴロー自身の経験と重なって見える。欲しいのは金じゃない。俺は自分のやり方で、好きなものを作って人を感動させたいんだと。

レストランで不本意なメニューを作り続け、それを料理評論家に酷評されてどん底だったカールが、閉店後に店の裏の駐車場でこう呟く。「思いどおりにやればよかった」と。その後大喧嘩をして店をクビになり、仕事もプライドも何もかも失った彼を、元妻や仲間、息子が支える。やがてカールは自分の作りたい料理で人を喜ばせると決め、一から再出発し、次第に新しい景色を手にいれる。思いが形になっていく。そんなふうに主人公が再生していく姿を見ていると、思うのだ。よし、自分も思いどおりにやってみよう。だって自分の人生じゃん、と。

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忘れずに見て欲しいのが、エンドロールのおまけ映像。料理監修したロイ・チョイが監督主演したジョン・ファヴローにグリルチーズサンドの焼き方を教えているのだが、「中身が溶けてサンドが進化する」って解説はほんとその通りだなと思うし、サンドを切るときの「外科医みたいに正確にカットする」「これだけに集中しろ、世界に存在するのはサンドだけ、失敗したら世界が終わる」なんてセリフは、ユーモアを込めつつも真意だなと思う。ほかにも、本編でカールがスカーレット・ヨハンソン演じる元恋人モリーの家で作る深夜のペペロンチーノや、息子のパーシーの朝食に作る外かり中とろのグリルチーズサンド、元同僚のマーティンと息子と一緒にフードトラックで作るジューシーでスパイシーなキューバンサンドイッチと、何気ないのに抜群においしそうな料理も、作っているシーンがドキュメントっぽくてほんと好き。
Title
『シェフ 三ツ星フードトラック始めました』
Director
ジョン・ファヴロー
Year
2014年
Running Time
115分

illustration : Yu Nagaba movie select & text:Saori Bada edit:Seika Yajima


ポルトガル料理研究家、文筆家 馬田草織

ポルトガルの食文化に造詣が深い文筆家。著書に『ポルトガルのごはんとおつまみ』(大和書房)『ムイト・ボン! ポルトガルを食べる旅』(産業編集センター)、『ようこそポルトガル食堂へ』 (幻冬舎文庫)がある。

instagram.com/badasaori

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