LIFESTYLE ベターライフな暮らしのこと。

写真家・川内倫子さんの暮らしとセンス。自分だけの視点を持つこと。 (前編)June 30, 2025

センスがあるといわれる人たちは、どんな暮らしをしているのか。自分だけの感性を信じ、妥協せずに好きなものを取り入れる。出産から約1年後、自然に囲まれた土地へと引っ越しをした写真家・川内倫子さん。その千葉の暮らしを訪ね、生の強さと儚さ、優しさといった、神秘的ともいえる独特の世界観を表現する彼女のセンスについて聞いてみた。

発売中の特別編集MOOK「センスのいい人は、何が違う?」より、特別にwebサイトでも紹介します。

この記事は前編です。後編はこちらから。

写真家・川内倫子さんの暮らしとセンス。自分だけの視点を持つこと。 (前編)
川内倫子さんの、深い緑に囲まれ、目の前に川が流れる千葉の家。右手の鳥のオブジェが乗った金属の照明は、夫・亮平さんの作品。

1.家の中の気に入っている場所。Comfortable Room

写真家・川内倫子さんの暮らしとセンス。自分だけの視点を持つこと。 (前編)
自然が暮らしとともにある生活がいいという川内さんが、この土地に決めた大きな理由は、川があったから。水のせせらぎを毎日聞いて過ごす、豊かさを手に入れた。

ウッドデッキのあるテラスは2022年に屋根をつけるといった改装をした。ここに座って、お茶を飲みながら、木々が風に揺れる様や川の流れを眺めていると気持ちが落ち着くという。暖かくなるとここで食事をすることもしょっちゅう。「娘や友人の子どもたちが川で遊んでいるのを見ているのも楽しいです」

2.自分のセンスを育んできたもの。Past Experiences

写真家・川内倫子さんの暮らしとセンス。自分だけの視点を持つこと。 (前編)
辛かった子ども時代を救ってくれた物語の世界。『コロボックル物語1だれも知らない小さな国』から5作でシリーズは一度終了。大人になってから村上勉の原画も購入した。
写真家・川内倫子さんの暮らしとセンス。自分だけの視点を持つこと。 (前編)
アシスタント時代から「ローライフレックス」のカメラを愛用。こちらは2.8F クセノタール。「カメラをのぞくと一瞬で集中して世界と向き合えます」
写真家・川内倫子さんの暮らしとセンス。自分だけの視点を持つこと。 (前編)
右はテリ・ワイフェンバックとメールでやりとりしていた写真を往復書簡のようにまとめた写真集『Gift』(アマナ)。左は娘が生まれた祝福にテリがプレゼントしてくれたプリント。
写真家・川内倫子さんの暮らしとセンス。自分だけの視点を持つこと。 (前編)
「サイズがちょうどよかった」という川は、幼児が歩けるくらいの大きさと深さ。バスルームは、川から直行できるようテラスから入れるドアをつけた。

もっとも影響を受けたのが著・佐藤さとる、絵・村上勉の『コロボックル物語』シリーズ。小学生の頃に読んでいた装丁の本を大人になってから弟が贈ってくれた。「新装版も買ったのですが、やはりこの装丁に惹かれます」。18歳のときに写真集を見て惹かれたテリ・ワイフェンバックとは、一緒に写真集を作る仲に。

目に見えない世界を、懐かしく親しむ。

 写真家の川内倫子さんが、それまで活動の拠点としていた東京から、千葉に生活の場を移したのは2017年のこと。結婚、出産して、大きく生活が変わったなかでの決断だった。とはいえ、突然の思いつきというわけではなく、自然の近くに暮らしたいという思いは、ずっと昔からあったそう。
 自然と関わり合いながら生きる。それは川内さんのセンスを形作っているものの一つである。
「ここの敷地は500坪ほどあり、ほぼ竹林でした。そこを切り拓くことから始めたのですが、この場所に決めたきっかけは川があることでした」と、川内さん。
 窓を開けるとせせらぎが聞こえ、テラスからは水の流れを望むことができる。夏になると子どもが川遊びする小さな川は、彼女の生活と、密接に関わっている。
「以前、東京で住んでいた家も目の前に川があったり、桜の木があったりしました。動くものが身近にないと、時間が流れていないようで怖いんです。窓の外に目を向けると意識が変わり、ほっと一息つける。そういうところに癒やされている気がします」
 それは子どもの頃から感じていたことでもある。自分のセンスを育んだものとしてピックアップしてくれた、佐藤さとるが書いた児童書『コロボックル物語』シリーズ(講談社)も、目には見えない自然の気配のように、現実とは違う世界があると思わせてくれた本だった。
「小学生のときに出合って、繰り返し図書館から借りて読んだこの物語が、常に自分のベースにあります。コロボックルという小さな人たちの話がものすごいリアリティで書かれていて、実は今でも彼らはどこかにいると信じているくらい。自分が今いる世界とは別の世界がある。そう思うことで、とても救われました。村上勉さんの挿絵も素晴らしいです」
 そのことは、長じて選んだ写真を撮る仕事にも通じている。
「実際に目に見えることだけで世界が構成されているわけでないという考えの下敷きになりました。矛盾しているようですが、写真は現実を切り取りながら、実はそうではないものを感じる手段にもなります。しかも、それを残せる。シンプルにすごいし、いい仕事に就けたな、と思います」
 同じように感じたのが、パリ在住のアメリカ人写真家、テリ・ワイフェンバックの作品だった。
「学生の頃に写真集を見つけて、自分にとってのリアリティに近いと思いました。当時、多くの写真集があるなかで、そう感じたのは彼女の作品だけでした。とても大きな影響を与えてくれた人です」
 そして学校卒業後、スタジオアシスタント時代に「ローライフレックス」のカメラを購入。最初は見た目の格好良さから入ったが、「このカメラのおかげで、今の自分がある」といえるもの。機種は異なるが今も現役で使っている。
 センスに形はない。目には見えないが、それは物語のなかにも写真のなかにも、風景のなかにも潜んでいる。そこから何を抽出するかが、自分のセンスを育む源泉となっていく。

川内倫子Rinko Kawauchi

1972年滋賀県生まれ。2002年『うたたね』『花火』で第27回木村伊兵衛写真賞受賞。『Illuminance』『あめつち』などの著書がある。2022~23年には個展『川内倫子:M/E 球体の上 無限の連なり』を開催、国内外で数多くの展覧会を行う。

photo : Tetsuya Ito edit & text : Wakako Miyake

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