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Art

This Month Artist: Milton Avery / October 10, 2018 河内タカの素顔の芸術家たち。
ミルトン・エイヴリー

ミルトン・エイヴリー
Milton Avery
1893 – 1965 / USA
No.059

皮なめし工だった父を若くして亡くしたため、高校にも行かずに働きながらその一方でコネチカットの美学校で絵画を学ぶ。1924年、2年後に妻となるサリーと出会い、イラストレーターだった彼女の収入のおかげで制作の時間を多く持てるようになる。1920年代後半にニューヨークに移り住みアート・ステューデント・リーグでさらに絵画を学ぶ。その頃からマーク・ロスコら当時のニューヨークの若手アーティストたちに慕われるようになり、フラットで色彩に満ちた画風は彼らに影響を及ぼす。数多くのアメリカの美術館がエイヴリーの作品を所蔵していて、今もなおアーティストたちに影響を及ぼしている。

シンプルな造形と色彩に満ちた具象画家
ミルトン・エイヴリー

 日本ではその存在さえあまり知られていなく、国内の美術館がこの画家の作品を所蔵しているという話も聞いたことがないのですが、ぼくは大学生のときに出会って以来、かなり影響を受けてきた画家がこのミルトン・エイヴリーです。エイヴリーは早くに父親を亡くしたため、16歳から大勢の家族を養うために工場で働き、空いた時間を使って絵を描き続けていました。そんなエイヴリーが最初の個展を行ったのは30代半ばのときだったのですが、案の定ほとんど売れなかったにもかかわらず、それにめげることなく制作の時間をもっと多く取れるように夜間に働き昼に絵を描くという生活を50代になるまで続けていたそうです。

 エイヴリーの画風は極端に簡略化された人物や海辺の風景や動物などを、アンリ・マティスやピエール・ボナールばりのピンクや赤や黄色などを使ったカラフルな色彩によって描きあげるというものです。しかも、色の組み合わせがなんとも大胆で、加えてその被写体のそぎ落とし方が極端なくらいシンプルに見えるのに、画面の構成や色のバランスが緻密に練り上げられているため、彼の絵から豊かに彩られた抽象画のようなハーモニーが感じられるのです。

 それでもエイヴリー自身は抽象画家と呼ばれるのはかなり嫌っていたようで、晩年まで彼はあくまでも具象画家であることにこだわっていたと言われているのですが、そんな純粋抽象画になる一歩手前のような独特のスタイルは、エイヴリーよりずっと年下で彼を師として慕っていた抽象画家のマーク・ロスコやアドルフ・ゴットリーブに強い影響を与え、それが後に「カラーフィールド」と呼ばれる画面全体をフラットな色で埋めた抽象画スタイルが誕生する契機にもなっていきました。

 日々接していたごく日常的な風景やくつろいだ家族や友人たちを柔らかな造形にデフォルメさせ、それらをカラフルな色彩によって描いたことにより、「アメリカのマティス」といった評価をされたりもするエイヴリーですが、彼の簡略化された絵はそれまでの伝統的な絵画のように奥行きとリアリズムを追求したものではなく限りなく平面的な作品であり、そのことはニューヨークにおいてヨーロッパ絵画とは異なる独自の絵画が誕生するきっかけにもつながったと考えてもいいくらいです。

 具象から抽象への架け橋的や役割を果たしたこの静かなる画家に対して、アメリカにおいてはかなり前から重要な画家であると評価されていたはずで、それを裏付けるかのようにMoMAやメトロポリタン美術館、またはLAのカウンティー美術館などアメリカの主要な美術館には彼の作品が常設展として展示されていたりします。そして、ようやく彼の作品集も一昔前に比べて入手しやすくなったので、そういった画集からも十分に彼の世界観や色彩の豊かさを感じることができ、もっと多くのファンが増えることでいつかエイヴリーの大きな展覧会が日本でも行われることを期待したいところですけどね。

Illustration: Sander Studio

『Milton Avery: The Late Paintings』(Harry N. Abrams)ミルトン・エイブリーが後期に作り上げた作品を豊富に収録。


文/河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。