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Music土曜の朝と日曜の夜の音楽。

シンガーソングライター 七尾旅人


December 28, 2018 土曜の朝と日曜の夜の音楽。 今月の選曲家/七尾旅人 vol.4

December.28 – January.03, 2018

Saturday Morning

Title.
Sinnerman
Artist.
Nina Simone
ぼくは七尾旅人と暮らす茶色い犬、11歳です。西日本から帰ってきた七尾がEBウイルス感染と診断され、寝床に臥せっておりますので、代わりに執筆させて頂きます。最近タブレットが普及して、肉球でのタイピングは容易になりました。ぼくは人間の音楽にわりと関心のある方で、とくに七尾が家でガットギターを弾くあいだ、それをなんとなく聴いているのが好きですね。たいして上手ではないけれど、まったく何のイベントも起きないよりはマシですから。退屈だけは勘弁ですからね。最近では七尾が開催した「犬たちのためのコンサート」で瀬尾高志さんが弾いていたコントラバスの音色に驚いてしまいました。ゾウかなにか現れたのかと思った。あの頃は七尾も元気でしたが、今ではEBウイルスに侵され、寝床でブツブツとうわごとを言っています。月日の流れは残酷ですね。リンパ節が腫れ上がり、歌うどころか、飲食もままならないようです。今朝も、布団にくるまって、スマホから小音量で何かを聴いていますね。あれはニーナ・シモンかな。なにか辛かったり、くじけそうになると、あいつはいつも、あれを聴いているんですよね。笑 他にいくらでも面白い音楽はあると思うのですが、まるで帰る家でも見つけたかのように、あれを聴いている。いったい人間にとって、音楽とは何なんでしょうか。
アルバム『Pastel Blues』収録。

Sunday Night

Title.
きみはうつくしい
Artist.
七尾旅人
わたしはタビトと暮らす白い方の犬、7歳よ。わたしは人間の作った音楽に全く興味がないの。お兄ちゃんはそうでもないみたいだけど、わたしが好きなのは、なるべくひとりで静かにしていること、そして、玄関の外に出ていくこと。裏の山や、浜辺で、駆け回ること。そこには人間が人間のために秩序だてたものより、ずっと複雑な音色が鳴っていて、1秒として同じ瞬間はないの。わたしは保健所で殺されかけていた、おびえがちの可哀相な犬だと思われているけど、浜辺の裏にある人間の刑務所の敷地に入って、走り回って、また出てくる、そんなことができるのは、家族で私だけ。海に潜って、魚を取ってこれるのも、わたしだけ。ずっと遠くの駐車場の音を聴き分けられるのも、わたしだけ。ほら、あの車が帰ってきたわ。わたしは家族のなかでいちばん、いろんな音に詳しいの。だけど、人間の作った音楽で知っているのはこれだけね。わたしが眠たくなっている間も、タビトがずっとこれを録音し続けるものだから、とても寝苦しかったのよ。
アルバム『Stray Dogs』収録。

December 21, 2018 土曜の朝と日曜の夜の音楽。 今月の選曲家/七尾旅人 vol.3

December.21 – December.28, 2018

Saturday Morning

Title.
We Let the Stars Go
Artist.
Prefab Sprout
もうすぐクリスマスなので、何かロマンチックで楽しげな曲を紹介できたらなと思ったのだけど、寒風吹きすさぶなか男二人でビジネスホテルを渡り歩く状況になっているためか、パッと頭に浮かぶのは北欧デスメタルのみ。少年時代、友達がくれたカセットテープに入っていたあの殺伐としたバンドサウンド…しかし男の子にしか見られない夢があるのもまた事実で、ふいに思い出したのはこんな歌。デビュー間もない頃『エンゼルコール』という楽曲をリリースした時、誰かに「旅人を聴いてるとこのバンドを思い出すんだよな」と言われて手に取ったプリファブ・スプラウトの傑作『ヨルダン:ザ・カムバック』に収められた「We Let the Stars Go」。煌めくサウンドピースがあまりに美しいメロディをくるみこみ、永遠に凍結された感傷はパディ・マクアルーンだけのオリジナルな星座となって冬空に放逐される。「パディ・ジョー、パディ・ジョー 私のこと覚えてない? いったいどのくらい前かしら あの素晴らしい夜 ふたりで星をきらめかせたわ」コーラス部のそんな呼びかけを寸断する「あーあーあー」という嘆息に似たハーモニー。成層圏に投げ出され凍てついた記憶の断片は真空のなかでますます硬度を増し、ほとんど宝石か、宇宙鉱物のようになる。こんな瞬間を探し出すために、いったい何万曲を耳にしてきたんだろう。いつか僕も完璧なポップスアルバムを作ってみたい。
アルバム『Jordan:The Comeback』収録。

Sunday Night

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Title.
Jesus’ Blood Never Failed Me Yet
Artist.
Gavin Bryars
クリスマスムードに彩られた地方都市の路地を毎日少しずつ移動するうちにふと思い返した、もうひとつの歌声。英国の作曲家ギャヴィン・ブライアーズが映画音楽に携わった際、偶然フィルムに映り込んでいたホームレスの老人が口ずさむ、ごく短い賛美歌を抽出し、テープ・ループさせ、オーケストレーションを重ねて完成させた。「イエスの血は決して私を見捨てたことがない。それは私が知っているただひとつのこと。彼は私を愛してくださる。」トム・ウェイツの声をオーヴァーダブさせたヴァージョンも存在し、この曲を世界的に認知させるのに一役買ったことは間違いないが、少々蛇足だろう。人生の哀切を、そして運命に投げ出された者に束の間だけ降り注ぐ祝福を、彼は幾度でも繰り返し再現することのできる稀有な歌い手だが、ここにど素人の老人によってただ一度だけ奇跡的に立ち現れた福音と共存させるには、巧みすぎるし、記名性が高すぎる。楽曲が完成をみる前に、自らそれを耳にすることなく死去したというこの年老いた男が、駅前の雑踏で、人々の無関心をすり抜けながら何の気なしに発した一節の祈りは、ミニマルミュージックの方法論によってその頼りなき再現性のなさを永遠に反復し続けるという数奇な運命を辿り、この星の路上で最も美しい聖歌のひとつになった。
『Jesus’s Blood Never Failed Me Yet』収録。

December 14, 2018 土曜の朝と日曜の夜の音楽。 今月の選曲家/七尾旅人 vol.2

December.14 – December.20, 2018

Saturday Morning

Title.
The Magicians
Artist.
Airto Moreira
二十歳頃、僕がブラジル音楽を聴き始めるきっかけになった一曲。エグベルト・ジスモンチ、エルメート・パスコアール、ウェイン・ショーター、ハービー・ハンコックなど、音楽史に残る天才が一堂に会したこのアルバムの冒頭を飾る「ザ・マジシャンズ」超絶技巧が単なる小手先に終わらず、発音されるそのすべてに野生と霊性が宿る。乾いたユーモアと反骨精神も魅力だった。音楽ってここまでのことが出来るんだ、それは魔術に等しいものなのだと、教えてもらった。
アルバム『Identity』収録。

Sunday Night

Title.
Hejira
Artist.
Joni Mitchell
昔とあるジャズミュージシャンからの依頼でセッションした際、入場制限で会場に入れず困ってる人がいるのに気づいてこっそり招き入れてあげたら、後からその人たちが僕の即興のアプローチについてボロクソに書いているのを見かけて、うわージャズファンてしょぼいな~と感じ、一時ジャズ離れしたことがあった。笑  型通りで安心できる「前衛」を求める自称ジャズ玄人の圧倒的な感性の狭さと比べて、シンガーソングライターである彼女が用意した空間の広大さ、深遠さはどうだろう。ジャコ・パストリアスはここにある緊張感のすべてを愛おしみながら、描写に尽くしただろう。全力を尽くさなければ彼女と並走出来なかったはずである。ジョニの後で自分の話をするのは不遜だが、素晴らしいジャズミュージシャンたちとの演奏はどれも最高の思い出だ。3日前に瀬尾高志くんと演った、犬の聴衆に向けてのコンサート。鈴木勲さんや近藤等則さんとの格闘技セッション。梅津和時さんとの「兵士A」。門外漢なのでジャズのなんたるかは知らないが、ひたすらに真実を手探りするための演奏が今も世界中の路地裏で日夜続けられている。
アルバム『Hejira』収録。

December 07, 2018 土曜の朝と日曜の夜の音楽。 今月の選曲家/七尾旅人 vol.1

December.07 – December.13, 2018

Saturday Morning

Title.
Joy Inside My Tears
Artist.
Stevie Wonder
土曜日には休息のイメージがあるけれど、ライブに追われるミュージシャンたちにとっては、いちばん忙しい日になることが多い。レコードをなかなか聴けない日。それでも時折、脳裏をかすめては去って行く響きがあって、例えばそれは、「誰かの耳に向けて音を響かせる」というわけのわからない仕事があることを教え、夢を見させ、勘違いさせ、背中を押してくれたミュージシャンたちの音楽だろうと思う。今夜ふと思い出したメロディは、スティーヴィー・ワンダー。彼は曜日を気にしたりしたんだろうか? たぶんしなかったんだろうなあ。
アルバム『Key of Life』収録。

Sunday Night

Title.
Spinnin’ And Spinnin
Artist.
Syreeta
12月の日曜を一気に暖めてくれる、シリータの音楽。上京した16、7のころ、あまりにも狭くて寒い部屋で、膝を抱えてよく彼女の歌を聴いた。その声が部屋を満たすといつも体感温度が10度くらいは上がった。ポカポカしてくるのだ。熱気というよりもそれは、彼女の内面から溢れ出してくる静かな優しさに、包まれているような感じだった。音楽が室温まで変えてしまうことを、暖かい土地から引っ越してきた僕は知らず、雪降る東京の冬のただ中で、初めて実感したのだった。スティーヴィー・ワンダーがその可憐な姿を肉眼で見ることのないまま彼女を愛していった理由が若い自分にもなんとなくわかったし、僕も将来シリータのような女性と出会えたらいいなと思った1996…笑。
アルバム『Stevie Wonder Presents Syreeta』収録。

シンガーソングライター 七尾旅人

1979年生まれのシンガーソングライター。’98年のデビュー以来これまで『911fantasia』『リトルメロディ』『兵士A』などの作品をリリースし『Rollin’Rollin’』『サーカスナイト』などがスマッシュヒット。唯一無二のライブパフォーマンスで長く思い出に残るステージを生み出し続けている。即興演奏家としても、全共演者と立て続けに即興対決を行う「百人組手」など特異なオーガナイズを行い、オルタナティブ・シーンに地殻変動を与え続ける。その他、ビートボクサー、聖歌隊、動物や昆虫を含むヴォーカリストのみのプロジェクトなど、独創的なアプローチで歌を追求する。開発に携わって来た配信システムDIYSTARSを使って【DIYHEARTS東日本大震災義援金募集プロジェクト】や、世界中の貧困地域、紛争地域から作品を募り流通回路を開く【DIY WORLD】を開設。2018年12月12日にニューアルバム『Stray Dogs』をリリース。
http://tavito.net/