日本の美しい町を旅する。

富山、立山連峰”特等席”の町で過ごす至福の時間。前編July 16, 2024

その土地でしか味わえない食や、ものづくりに出合うことは、旅における大きな楽しみのひとつ。さらに、その町に暮らす人たちが織り成すカルチャーに触れられれば、より一層、旅の思い出が心に刻まれるもの。訪れたのは、標高3000m級の山々が連なる北アルプス立山連峰の眺望が背景に広がる富山市。ここは「立山あおぐ特等席」といわれる。水などの天然資源や食が豊富で、暮らす人々も穏やか。この地では心なしか時の流れがゆっくりと感じられる。国内外の手工芸を扱う『林ショップ』を営む林悠介さんに聞いたおすすめの過ごし方とは。この記事は富山を旅した前編です。後編は7月17日更新です

Landscape_立山連峰"特等席”の町で過ごす至福の時間。

Landscape_立山連峰”特等席”の町で過ごす至福の時間。
呉羽山の南部エリアとなる城山公園しらとり広場にある城山展望台(富山市呉羽町25)から眺めた立山連峰の夕景。さまざまな展望台がある市内では、呉羽山公園展望台が特に有名だが、林さんがおすすめするのは、ひとけも少ないこちらの展望台。「ちょうど手前に単線のJR高山線が走り、田んぼが広がり、その奥には神通川、市街地に住宅街、そして立山連峰と、ここから眺めると町の景色がグラデーションになっている様子が楽しめます」。日が沈みかけると、西日が山々に反射してピンク色に染まる。一方、朝は立山の方から日が昇り、時間で印象もまったく変わる。撮影をした5月初旬は、ちょうど水を張ったばかりの田んぼが鏡のように見える、美しい光景が広がっていた。

Craftwork_機能性と佇まいを追求した作家の工房『流動研究所』と『お花畠窯』。

Craftwork_機能性と佇まいを追求した作家の工房『流動研究所』と『お花畠窯』。
ミニマルで洗練された作品で人気を博すガラス作家、ピーター・アイビーさん。その工房『流動研究所』(富山市婦中町富崎4717−1)は、市の中心部から車で30分ほど走った長閑な集落にある。自宅と同様、工房も築70年ほどの古民家を自らデザインして改修した。
Craftwork_機能性と佇まいを追求した作家の工房『流動研究所』と『お花畠窯』。
工程を重ね、ガラスの器を制作していく。工房の訪問や見学希望は事前予約が必要だが、ピーターさん曰く「今後は作業を間近で見られるような工房のオープンデーを設けたいと考えています」。
Craftwork_機能性と佇まいを追求した作家の工房『流動研究所』と『お花畠窯』。
呉羽丘陵に位置する『お花畠窯』(富山市追分茶屋お花畠66)の陶芸家・高桑英隆さん。ふだん使いできる器や酒器、花器などを中心に作陶する。「凜とした中に、素朴な愛らしさがあって。絵付けもそうなのですが、独特の抜け感があるんですよね」と林さん。高桑さんの陶製の額縁に、林さんが中に飾る銅板作品を手がける共作展『陶額展』を開催するなど付き合いも深いという。
Craftwork_機能性と佇まいを追求した作家の工房『流動研究所』と『お花畠窯』。
白磁や青磁が人気。工房には作品展示場も併設しており、購入も可能。

Culture Spot_国内外の手仕事を扱う『林ショップ』と人が集うギャラリー『スケッチ』。

Culture Spot_国内外の手仕事を扱う『林ショップ』と人が集うギャラリー『スケッチ』。
市の中心部にある総曲輪エリア。通称「別院仲通り」と呼ばれる、本願寺富山別院の裏手にある長屋には8軒の店が立ち並ぶ。その一軒が林さん(写真左)が手がける『林ショップ』(富山市総曲輪2−7−12)。真横の物件は、仲間3人と運営するギャラリー『スケッチ』(住所同上)。人が集うイベントスペースでもある。市内でいちばん古い画廊、お隣の『青木美術』の店主とばったり。
Culture Spot_国内外の手仕事を扱う『林ショップ』と人が集うギャラリー『スケッチ』。
『林ショップ』の前身は、前店主がこの地で42年ほど営んできた『きくち民芸店』。その流れを汲むような形で、2010年に店をスタート。国内外の民藝品や郷土玩具、現代作家の手仕事など、林さんの審美眼が光るアイテムが並ぶ。現在、『林ショップ』『スケッチ』とも不定期営業のため、HPかSNSで確認を。

Food_ 体に染みるようなナチュラルワインと店主選曲のレコードが楽しめる空間。

Food_ 体に染みるようなナチュラルワインと店主選曲のレコードが楽しめる空間。
「ナチュラルワインって、こんなにおいしいのかと思わせてくれたのがこの店です」と林さんが絶賛するのが『ワインバー アルプ』(富山市総曲輪4−7−18)。音楽を愛する店主の池崎茂樹さんは、カウンターの中にターンテーブルを置き、毎夜、自ら選曲するレコードをかける。
Food_ 体に染みるようなナチュラルワインと店主選曲のレコードが楽しめる空間。
カウンター内にいるのが池崎さん。富山で生まれ育った池崎さんは、東京のビストロ『ウグイス』や『オルガン』を経て、渡仏。ワイナリー〈ドメーヌ・ラ・ボエム〉で自然派ワインづくりを経験した後に、富山に戻り、2016年に念願の店をオープン。体に染みるようなナチュラルワインと音楽、池崎さんの人柄に惹かれて訪れる人が多く、客足が絶えない。フランスを中心にボトル¥5,800~、グラス¥990~。

The Guide to Beautiful Towns_富山

立山の絶景を背に町歩き、ささやかな日常を楽しむ。

「富山のシンボルといえば立山連峰。ここに住んでいる僕らはいつも山に守られているような、そんな意識があるんですよね」と話すのは市内で『林ショップ』を手がける林悠介さん。古くは万葉集の歌にも詠まれた立山は、立山信仰の広がりとともに「神々が宿る山」として崇められてきた歴史がある。標高3000m級の立山連峰は、毎日見えるわけではなく、いくつかの気象条件が揃ったときに、その全景を拝むことができる。

「山がくっきり見えると、高い壁が聳え立つ感じ。町の景色としても他にあまりないと思うんです」

林さんが「壁」と表現するくらい、初めて見る者は、その巨大さと、唐突さに度肝を抜かれる。地元の人たちは、立山がきれいに見える日は「今日はいいことありそう」と感じるのだという。市内にいくつか展望台があるが、林さんのお気に入りは標高150mほどの呉羽丘陵にある城山展望台。

「地元では呉羽山公園展望台が有名ですが、僕が好きなのはこちら。手前の田園地帯から背後の立山連峰までの景色の層が美しく、富山ならではの風景だと感じます」

市の中心部にある総曲輪エリアで、林さんが店を始めたのは2010年のこと。国内外からセレクトされた焼きものや民藝品、クラフトを置く店ゆえ、県内外さまざまな作家と付き合いがあるが、林さんからすると富山のものづくりは少し変わっているという。

「いろいろなジャンルの作家さんがいらっしゃるのですが、富山市は、いわゆる土地を代表する伝統工芸があまりないエリアでもありまして。歴史があるのは和紙。『桂樹舎』が有名で、芹沢銈介の型染カレンダーの和紙を漉き続けています。ガラスはここ30年くらいの間に有名になりましたが、元々は『越中富山の薬売り』の流れで、ガラスの薬瓶を作っていた歴史があるから。今は市がガラス全般に力を入れ、作家も増えています」

土地を代表する伝統的な工芸品は少ないが、でもだからこそ、ルールやしがらみがなく、作家はおのおの自由に活動しているという。

「それぞれのものづくりのスタンスが尊重されるというか、うるさく言うような人もいません。『お花畠窯』の高桑英隆さんや立山の麓で家具づくりをする『カキ キャビネットメーカー』も自然に生まれた独自のスタイルがある。そういう意味で富山のものづくりは、とても風通しがよいと思います」

その自由で緩やかな空気感は『林ショップ』周辺の店にも表れている。店がある、本願寺富山別院の裏手にある長屋は昔ながらのままだが、最近は『シックス オア サード コーヒースタンド』や『古本ブックエンド』など、新旧入り交ざった店が立ち並ぶ。『林ショップ』の隣は『スケッチ』というギャラリー。ここは林さんが仲間3人で運営するシェアスペース。企画展やフランス語教室、デッサン教室、ライブ、上映会などを開催しており、イベントのある日には幅広い世代が行き交い、通りも賑やかな雰囲気になるという。

富山の食のシーンも面白い。林さんのおすすめは地元に愛されている、個性的な店主のいる店。

「一つは『ワインバー アルプ』。東京やフランスで経験を積んで地元に戻ってきた池崎茂樹さんの店。ここでしか飲めないナチュラルワインが豊富で、元々スナックだった場所を改装したという店の雰囲気もいい。もう一軒は『飛弾』。ナチュラルワインで富山おでんをいただくスタイル。店主・飛弾翔二さんのこだわりが凝縮されています。そして居酒屋『ちろり』は、母娘で切り盛りする店で、富山名物のホタルイカやシロエビ、郷土料理が堪能できます。僕の父が教えてくれた、隠れた名店です」

富山市出身だが、他県で暮らしたことのある林さんが、つくづく思うのは、富山は毎日の暮らしにこそ良さがあること。日常的に町の中から見える立山連峰はもちろん、市内中心部を流れる松川沿いの遊歩道、気の利いたカフェや居酒屋、バー、ミニシアター、古本屋がどれも近所にあること、通年堪能できる海の幸があり、蛇口をひねれば、おいしい水が出てくる。そして、穏やかでおおらかな人々。

「ささやかですが、わかりやすい観光地ではないからこそ、とても暮らしやすい場所だと思うんです」

だから富山に来たらあくせく回るよりも生活するようにゆっくり滞在するのがおすすめと林さん。

「実際に、年に数回、2泊3日くらいで関東から来られているお客さまがいらっしゃるのですが、『富山で何してるんですか』と聞くと、『松川沿いを散歩しています』と。僕とやっていることが変わらない(笑)。ここではローカルと同じような日常の暮らしを感じてもらえたら。それがいちばんおすすめしたい、富山での過ごし方です」

林 悠介 『林ショップ』店主

富山県生まれ。金沢美術工芸大学卒業後、東京で働きながら、写真や、鋳物の原型デザインなどを手がける。2010年『林ショップ』を、’16年にギャラリー『スケッチ』をオープン。現在、作家活動と店主の二足の草鞋を履く。

林 悠介
 
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富山駅まで、東京方面から北陸新幹線で約2時間、大阪・名古屋方面からは特急、新幹線を乗り継ぎ、約2時間30分。飛行機の場合は羽田空港から富山空港まで約1時間。主要都市から高速バスもある。富山市内は路面電車や路線バスなど公共交通機関が充実している。立山方面へはレンタカーがあると便利。

photo : Tetsuya Ito illustration : Junichi Koka edit & text : Chizuru Atsuta

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