MUSIC FOR BETTER LIFE
始発電車で始まる、旅の音楽/MUSIC FOR BETTER LIFE #11 October 2025October 11, 2025

イタリア、カステルフランコ・ヴェネトへの旅を思い出しながら。
毎月、季節に合ったプレイリストを紹介しているこの連載。担当の松﨑が今月は特集制作でてんてこ舞いのため、ゲスト選曲家に〈山形緞通〉プロデューサーの渡邊貴志さんをお迎えしました。出会ってから10年来、音楽やクラフトのことなど、いつも知らないことを教えてくれる、佳き先輩であり、友人です。
Q1. 今回の選曲テーマを教えて下さい。
始発電車で始まる、旅の音楽です。
9月の中旬、仕事でイタリア出張だったのですが、丸1日オフがあったので、ミラノから始発過ぎの電車に乗って、片道3時間半かけて、カステルフランコ・ヴェネトという小さな城下町に向かいました。(建築家カルロ・スカルパによる傑作、「ブリオン・ヴェガ墓地」の見学が目的です)
まだ真っ暗な夜明け前に電車へ乗り込む非日常感、憧れの場所へ向かえる高揚感、寝ぼけまなこに車窓から覗く晩夏の朝焼け、少しずつ世界が白んでいく明け方の風景。ゆめうつつの道中でした。
ようやくカステルフランコ・ヴェネトに到着したかと思えば、まだ朝の9時。燦々と朝日の降り注ぐ街路樹に、あたりに巡らされた水路から聞こえる、さらさらという音。中世の気配が色濃く残る静かな街並みを散歩しながら、もうこの時点で満足というか、胸いっぱいの気持ちになっていました。
ちょっとした余談ですが、イタリアにはいわゆる日本人がイメージする「アイスコーヒー」はないのですね。恥ずかしながらそれを知らず、朝に一軒だけオープンしているカフェを見つけて、オーナーの女性に「アイスコーヒーをお願いします」と注文したら、「OK!」という返事と共に、とっても濃くて熱いエスプレッソを出してくれました。
帰国後も、この始発過ぎの電車に乗って出かけた旅が、特別なものとして心に残っています。毎日繰り返しているはずの夜明けの美しさを再認識する時間でした。今度の週末、目的の場所へと向かう予定を、思い切って始発にしてみようかな、なんてぼんやり考えています。
今回のプレイリストは、そんな始発電車で始まる旅をイメージして、かたわらに寄り添っていてほしい音楽を選びました。夜明けの静けさ、旅の高揚、夢心地な時間、風景から浮かぶ記憶、色んな要素がありつつ、共通しているのは、悲喜交々を湛えながらも優しい音楽と一緒にありたいという気持ちです。
Q2. プレイリストの曲について、特におすすめしたいものとその理由を教えて下さい。
どれも好きな楽曲ばかりなのですが、特にキセルの「ピクニック」をおすすめしたいです。たしか大学生のときに一度聴いて、そのときには今ほど特別な感情は抱かなかったのですが、なぜかずっと記憶の底に沈んでいた1曲で。
最近、あらためて聴き直したところ、本当に感動して、毎日繰り返し聴いています。今回のプレイリストのテーマを決めるにあたっても中核になった楽曲です。(プレイリストには2019年のベストアルバム「Kicell's Best 2008-2019」の再録版を選びました)
日本のグッドミュージックが世界から再評価され始めている昨今、キセルのような素晴らしい音楽家と音楽が、これから世界中のリスナーに見つかって欲しいなと思います。
Q3. 新しい音楽との出会い方を教えて下さい。
仕事の側面もあり(山形緞通とは別のプライベートワークとして、音楽家・江﨑文武さん、ビートメーカー・Sweet Williamさんのプロデューサー兼A&Rを担当しています)、新しい音楽は定期的にインプットするのですが、それとは別に、仕事を意識していないふだんの生活の中で予期せず遭遇し、耳と心に残る音楽との出会いを大切にしています。
先日も「ブリオン・ヴェガ墓地」の見学を終えて、最寄り駅に戻るタクシーの中で、運転手さんがずっとデヴィッド・ボウイをかけていて。「Oh! You Pretty Things」が流れたとき、こんなに良い楽曲だったのかと、新鮮な気持ちで驚きました。
リリースされた年代が古い新しいではなく、「記憶に残る良い出会い方」ができたとき、自分にとっての新しい音楽に出会ったな、という感覚が年々強まっています。
Q4. 直近の活動のことなど、お知らせごとをどうぞ。
昨年の夏から、山形緞通の新しい製品コレクションの開発を続けています。とても心強いデザインパートナーと共に、ブランドとしてのベーシックなものづくりをこれまで以上に拡張する予定です。
きっと沢山のお客様にご満足いただける新作になるはず、と、今から手応えを感じています。来年の前半にはお届けできるかと思いますので、楽しみにお待ちいただけますと嬉しいです。

Editor 松﨑 彬人
