Food

February 24, 2023 『SAVEUR』と『PLAIN BAKERY』。
〈YAECA〉が静かに焼きあげる、洋菓子の話。 &Oyatsu 今日のおやつ 。

2023年2月8日発売の『&Premium』の特別編集MOOK「今日のおやつ」。フードライターのP(ぴい)さんこと渡辺紀子さんによる本誌連載「&food」から特別な記事をピックアップ。誰の心にもある懐かしいお菓子を、今、作るとしたら、どんな形、どんな味になるのか。それを具現化したのが〈ヤエカ〉の洋菓子です。シンプルながら奥深い、でも誰もが好きな世界。

『プレーンベーカリー』。奥にガラス張りのキッチン。季節のジュース(各¥1,900)は少々お値段は張るが、素晴らしくおいしい。
『プレーンベーカリー』。奥にガラス張りのキッチン。季節のジュース(各¥1,900)は少々お値段は張るが、素晴らしくおいしい。
清潔感あふれる『サヴール』の店内。ガラス箱を開けてサーブする。
清潔感あふれる『サヴール』の店内。ガラス箱を開けてサーブする。

懐かしいけど新しい。 琴線に触れるお菓子。

グレーヘアのおじさまが、ホールケーキを3種類注文したあと、振り返って、順番を待つ私にこう言った。「ここのケーキ、おいしいですよねぇ」。はいっ! そのおじさまはケーキの入った袋を携え、足取りも軽く帰っていった。この店、女子が行列するイマドキの菓子店かと思いきや、こんなファンもがっちりつかんでいるのだ。小さな交差点にぽっと白く浮かぶこの店を初めて見たとき、オギスが描くパリの街角にありそうだと思った。店の名は『サヴール』。フランス語で「風味」という意味だそうな。今日はこの『サヴール』と、その原点ともいうべき『プレーンベーカリー』を訪ねる。この2軒、〈ヤエカ〉のフード部門として誕生したものだ。自分たちの手で生み出し、育んできただけに、ブランドのイメージともリンクする。
まずは、『プレーンベーカリー』へ。白金の静かな住宅街にひっそりとある『ヤエカ ホーム ストア』。お店というより邸宅という感じだが、目指すお店はここの一角にある。お菓子だけを目的に来るゲストは、ちょっと腰が引けそうだが、恐れず進もう。ラインナップは、焼き菓子にキャラメル、コーヒーにグラノーラ、蜂蜜、フレッシュジュースなど。小さなコーナーながら中身は濃い。
ここの焼き菓子は、いわゆる焼きっぱなし。そっけないほど素朴だが、ポッと心に明かりが灯るような温かみがある。ちっとも偉そうじゃないから、誰もが手を出しやすいが、厳選した材料を用い、驚くほど丁寧に作られている。〈ヤエカ〉の服が着心地がいいように、食べ心地がいいのである。ちょっとしたプレゼントにも使い勝手がよくてありがたい。

なぜ、フードを? 服部哲弘さんと井出恭子さんに聞いてみた。
服部 『プレーンベーカリー』はバイトで入ってきた(今は菓子研究家になった)長田佳子ちゃんがきっかけなんです。
井出 パティシエとして修業を積んできた人なのに、それを生かさないのはもったいないと思って。
服部 そこから、何となく必然的に。店名も、佳子ちゃんが「安全でプレーンでシンプルなもの」をやりたいというのでそのまま『プレーンベーカリー』に。
井出 練りに練って作り上げたのではなく、一番得意なお菓子でいきましょうと始まったんです。毎日家に置いておきたいと思うお菓子を作りたかった。
服部 その後、佳子ちゃんは独立するんだけど、レシピは彼女が残していったものをベースに広がっていきました。数年経つうち、ちょっとルーティンかな、という雰囲気になってきた。もうちょっと、ちゃんとやってみたい。そうでないなら、やめたほうがいいかなと正直思っていました。そんなあるとき、出合ったんです、田園調布の物件に。いいかもな、やってみようと始めたのが、『サヴール』でした。人のレシピをなぞるのではなく、自分たちで一から考え、生み出していくことが大事だと思ったんです。

 
キッチンでは、『プレーンベーカリー』の商品だけでなく、『サヴール』のガトー・ア・ラ・クレームも製作している。見えるスタッフは皆、真剣そのもの。
キッチンでは、『プレーンベーカリー』の商品だけでなく、『サヴール』のガトー・ア・ラ・クレームも製作している。見えるスタッフは皆、真剣そのもの。
そっと丁寧に。クッキーの箱詰め作業も進行中である。
そっと丁寧に。クッキーの箱詰め作業も進行中である。
白金高輪駅から徒歩10分少々。駅から近いとはいえないが、坂を上って辿り着いたときにはちょっと達成感あり。
白金高輪駅から徒歩10分少々。駅から近いとはいえないが、坂を上って辿り着いたときにはちょっと達成感あり。
 

PLAIN BAKERY

クッキーは、プレーン15ピース¥750、オールスパイス、クルミ、バニラ、ピスタチオ、チーズ6ピース各¥600。キャラメル10個¥600。季節のジュース¥1,900など。
▷東京都港区白金4−7−10 YAECA HOME STORE内 ☎03−6277−1371 12:00~20:00 月休

 

井出 フランス菓子に憧れて、日本人が作ったお菓子がいいという共通の思いはありましたが、これで行こうと思うまで、結構長いこと、試作を重ねました。
服部 懐かしさのあるお菓子。でも、ただ懐かしいだけではなく、自分たちなりにアップデートした形のケーキにしたいと思いました。服を作るときも、普通のものをどう壊したらアップデートできるかと考える。でも、壊しすぎない。その振り幅の中で、自分なりに構成していくわけです。完成形があるかどうかわからないけれど、そこに向かう作業は誠実でありたい。マイナーチェンジを重ね、アップデートを繰り返す。お菓子作りに対しても同じです。
井出 バタークリームというキーワードはあったけど、具体的な形とか味とかはなかったんです。好きなケーキが、カステラ菓子だったり、昔からあるようなモカロールだったり。それを追いかけていたら、ああいう形になりました。
服部 お菓子って特別ですよね。幸福感がある。大衆的なところも魅力。
井出 お菓子には、幅広い人たちとコミュニケートできる力がある。私たちの思い出の中に懐かしいケーキがあるように、『サヴール』のお菓子が、誰かの懐かしのお菓子になってくれたら素敵ですね。

再び、『サヴール』へ。
ここにはショーケースというものがない。大きくて厚いガラスの箱に1種類ずつケーキが並ぶ。「お煎餅が入っているガラス瓶のイメージ」と、服部さん。吹きガラスでできた特注の箱である。ケーキがのっているシルバーの箱には、大きな保冷剤が仕込まれていて、プチ冷蔵庫の様相になっている。工夫だなぁ。
凜とした姿のガトー・ア・ラ・クレームは、バタークリームのケーキ。定番はバニラとモカ、ラム、季節によってジュアン(パッションフルーツ)、マロンなどが登場する。バタークリームといえば、もったりと重いイメージだが、何とも軽やか。口どけのよさを意識して、クリームにはアングレーズ(カスタード)を加えてある。懐かしいけど新しい。まさにアップデートの賜物だ。私は常温に戻して、少しクリームが緩んだところが好きだ。ほんのり塩味があるのも好き。
バターケーキのガトー・オ・ブールは、ふわっ、しっとり。カステラよりはラフな食感。バタークリームのケーキとは粉も変えているそうだ。
2軒、訪ねてつくづく思う。揺るがない。ブレない。力強い。そして、おしゃれ。選りすぐりの材料を用い、繊細な仕事を積み重ねているだろうに、それを感じさせない。だから、老若男女、誰もが手に取りやすい。誰の日常にもすっと馴染む。ほんとうの上質とは、実にさりげなく見えるものなのだ。

 
ガトー・ア・ラ・クレームは、バニラ1ピース¥572、ホール¥3,348。モカ1ピース¥518、ホール¥3,024。ジュアン1ピース¥594、ホール¥3,456。写真では見えないが、間に一層バタークリームを挟んである。
ガトー・ア・ラ・クレームは、バニラ1ピース¥572、ホール¥3,348。モカ1ピース¥518、ホール¥3,024。ジュアン1ピース¥594、ホール¥3,456。写真では見えないが、間に一層バタークリームを挟んである。
包装紙、ショッパー、箱の絵は、牧野伊三夫さん作。
包装紙、ショッパー、箱の絵は、牧野伊三夫さん作。
何度も前を通り、気になっていたというこの建物。異国感あり。
何度も前を通り、気になっていたというこの建物。異国感あり。
 

SAVEUR

ガトー・オ・ブールは1ピース¥345。ホールは∅15㎝¥2,052、∅18㎝¥2,808。バスク地方の伝統菓子、素朴なマカロン1枚¥248。サブレ(バター)8枚入り¥496。
▷東京都大田区田園調布2−51−1 ☎03−5483−0071 10:00〜19:00 水休 通販あり。

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文/P (ぴい)  写真/深水敬介

Latest Issueセンスのいい人が、していること。2023.03.20 — 920円