真似をしたくなる、サンドイッチ
いますぐかじりつきたい! 半熟卵と3種のキノコが詰まった、パリで食べたいキノコサンド。March 15, 2025
サンドイッチをこよなく愛するパリ在住の文筆家、川村明子さん。『&Premium』本誌の連載「パリのサンドイッチ調査隊」では、パリ中のサンドイッチを紹介しています。
ここでは、本誌で語り切れなかった連載のこぼれ話をお届け。No50となる今回は、本誌No136に登場した『ヴァンダル』で惜しくも紹介できなかったサンドイッチの話を。

『ヴァンダル』に初めて食べに行った日の帰り道。
この感じはなんだろう?と考えた。食べたのは、食パンにイワシのそぼろのようなものを挟んだスパイシーなサーディン(いわし)サンドで、これまでに食べてきたどのサンドイッチにも、印象が重なる部分はないと思った。要は、“こんなサンドイッチ初めて食べた!”ということなのだが、それでも何かと共通点がある気がしてならなかった。
違うけれどでもなんとなく……と頭に浮かんだのは、お弁当だ。和の味付けではないものの、どこか、そぼろを連想させる甘じょっぱさが、そう思わせたのかもしれない。それに、ガリを思い起こさせる酸味と辛味を併せ持つ、少し歯応えのある野菜も、ピクルスというふうではなく、むしろ漬け物のほうが近い感じだった。お弁当以上にもっと近しいものがあるような気がしたが、いずれにしても、やさしい甘みと丸みのある酸味が強く記憶に残った。

いったい何に似ている? 何度も味わいたくなる、サーディンサンド。
2度目に行ったときは、キノコサンドを食べた。上に半熟卵がのったそのサンドイッチは、食べているうちに少し汗ばんでくるくらいに辛みがきいていた。食パンではなく、パン・オ・レ(ミルクパン)の生地をクリーミーにして、フワッとしっとり仕上げた感じの、とても大きなパンが、とろみのあるキノコといった具材を包み込んでいる。これまたサーディンサンドとは異なる印象だ。ただ、“こんなサンドイッチ初めて食べた!”と感じるのは同じだった。
それでまた、サーディンサンドを味わいたくなって、出かけた。改めてまじまじと端正に重ねられた具材を見たら、かぶに大根、ラディッキオと、ピンクや紫の冬野菜ならではの愛らしい色彩に、落ち着いた色味のサーディンがいい具合で混ざり込んで、なんとも美しいサンドイッチだなぁと思った。そして、確かめるようにじっくり味わって気づいた。はじめにエキスをジュワジュワっと出すのはサーディンなのだが、最後に口の中に残るのは、サーディンを囲むように配された柔らかく甘酸っぱい野菜のほうだ。その後味を反すうしていたら、あ〜これはお弁当じゃなくてちらし寿司だ!と閃いた。食後感がちらし寿司っぽいのだ。全然似つかないけれど、自分ではものすごく腑に落ちた。

かじりついてこそ、のキノコサンド。
実はキノコサンドを最初に食べたとき、すごく大きいなと思いながらも、どうしてもかじりつきたくて手で持とうとしたら、卵がコロンコロンと転がって、太腿の上に落ちてしまった。そういう日に限って、私はオフホワイトのコーデュロイパンツを穿いていて、おまけに手が汚れるだろうと思い、紙ナプキンをテーブルの上に置いたまま、膝の上にのせていなかったのだ。当然、パンツは汚れた。それもかなり戸惑う箇所が。
食べ始めようとしたところでそんなハプニングが起きたものだから、とてもおいしかったのに、「また他の具をこぼしたらいけない」と気が気じゃなくて(そうです、それでも私はフォークとナイフで切って食べるのはいやで、かじりついて食べ続けました)、サンドイッチを味わうことに集中しきれなかった。そんなわけで、是非とも、もう一度キノコサンドを、食べたかった。今度は、粗相をしても慌てないで済む濃い色のパンツを穿いて出かけた。

サーディンサンドもそうだったのだが、手間をかけて作ったちらし寿司のごとく、『ヴァンダル』のサンドイッチは奥底に潜んでいる具材までしっかり手が込んでいる。だいたい、具材の種類が多い。蒸して火入れをしたキノコと玉ねぎのコンポートに半熟卵の黄身が流れ込み、とろんとした舌触りで食欲を刺激するなか、ごく薄切りのレモンとキャラメリゼしたピーナッツが、ところどころでキリッとカリッと味を締めて、次のひと口、またその次のひと口と促されるようにかじりついてしまう。ただ、途中で、フゥっと息をつくことになるのは、結構、辛いから。アリッサで和えたキノコと玉ねぎのコンポートは、その舌触りとは裏腹に、なかなかパンチがきいている。
しかしそこにも救世主が控えている。パンの切り口、いちばん下に塗られた、豆腐のフムス。ひよこ豆で作るものよりもずっと軽い口当たりで、もたつきがなく、サラッと滑らかだ。6〜7種のハーブ(日によって変わる)がふんだんにあしらわれているのもまた、飽きのこない味に仕上がっていて、一言で“キノコサンド”と言えど、やっぱり他では食べたことのない味なのだ。

このキノコサンド、週によって、あったりなかったりする。なかった日に一度、ミートボールサンドを食べた。トマトソースが絡まり、とても優等生なおいしさのミートボールだった。ある意味、初めて、想像し得る構成のサンドイッチだったわけだが、やはり王道のままではなかった。唐辛子のピクルスが脇に添えられていた。トマトソースに小口切りにした唐辛子を加えるのでも、全体をスパイシーにするのでもなく、唐辛子丸ごとを添える。これが、しっかり、遠慮のない辛さだった。辛いからこそ意味があるとでも言わんばかりで、いくばくか挑戦的なその変化球に、惹かれた。

11月にオープンした『ヴァンダル』は、これから初めての春を迎える。店は徒歩10秒でビュット・ショーモン公園というピクニックに最高の立地。天気のいい金曜の午後、本を片手にサンドイッチを頬張るご褒美時間を楽しみに、1週間を過ごすのは、とてもいい案だと思うのだ(今すでに、また来週の金曜ね!と言われるくらい行っています)。
