河内タカの素顔の芸術家たち。吉田博 – Hiroshi Yoshida | 河内タカの素顔の芸術家たち。 | & Premium (アンド プレミアム)

河内タカの素顔の芸術家たち。

Hiroshi Yoshida / March 10, 2021 河内タカの素顔の芸術家たち。
吉田博

0308
吉田博 / Hiroshi Yoshida
1876-1950 / JPN
No. 088

明治から昭和にかけて、水彩画、油彩画、木版画の分野で西洋画壇を牽引した画家として知られる。日本最初の洋画団体である「太平洋画会」の中心人物として活躍。44歳で自身の下絵による木版画が出版した後、49歳にして初めて自身の監修による木版画を発表し、西洋の写実的な表現と日本の伝統的な木版画技法を統合した新しい木版画のスタイルの創造を目指した。作品のほとんどは風景画で占められ、その題材も国内はもとより世界各国に及んだ。

山と旅を愛し独自の版画スタイルを築き上げた
吉田博

 上野公園内の東京都美術館で現在展覧会が行われている吉田博は、日本人画家の中でもわりと珍しいタイプでないかと思います。というのも、ジェームズ・マクニール・ホイッスラーの風景画やヨーロッパのロマン派の影響が感じられる独自の画風を、画家でありながら日本の伝統的な木版画技法を用いて、新たな表現として展開したことで知られているからです。

 吉田のキャリアがまずユニークなのは、当時の日本の洋画家たちがこぞって芸術の都パリを目指したのに対し、23歳のときにアメリカへと向かったことです。日本でデトロイト在住のコレクターと知遇を得ていたのが、そもそもの渡米のきっかけだったといいますが、ヨーロッパではなくアメリカに向かったことで、その後の吉田の運命は大きく変わっていくことになるのです。

 それまで描きためていた水彩画をアメリカへ持参した吉田は、デトロイト美術館の館長にそれを見せる機会を得るや、その超絶的ともいえる美しい作品で彼を圧倒します。その後、共に渡米した中川八郎との二人展を企画され、なんと作品が飛ぶように売れたのです。そして、次に赴いたボストンでも美術館展を行うと、吉田の評判は一躍知られていくようになっていきます。それによって得た予想外の資金を使いイギリス、フランス、ドイツ、イタリアなどを巡歴。そしてアメリカにいったん戻り、25歳の時に帰国しました。

 吉田博の作品にまず惹かれるのは、印象派とも伝統的な日本美術とも一線を画した独自のスタイルであるところです。画家自らがいろいろな名所に赴き、そこで早描きした写生をもとに制作された作品は、透き通るような画面、そして写実性が一際高い緻密な画面構成に感嘆せざるを得ません。前述したホイッスラーやアメリカ近代美術の父とも言われるトマス・エイキンス、またはドイツロマン派の雄であるカスパー・ダヴィッド・フレデリッヒをも彷彿させるほどのその凄みは、“吉田こそが日本における洋画家の真のパイオニア”だと個人的には思っているほどです。

 彼は春から夏にかけて登山や旅行に出かけてはスケッチを描き溜め、秋から冬にかけて油絵や版画制作に没頭していたといいます。自然、特に山岳を題材した作品を多く残しているのは、吉田が「自然のなかにこそ美がある」と考え、崇高な自然界の美を絵や版画によって伝えることを自分の使命としていたからです。その場所の空気さえも内包したような色彩や構図は、実際に頂上や峰まで登り、その場に立ったものでなければ描けないような光や雲や大気の描写であるのは明白です。その一方で、海や川や湖といった水の作品も見事で、木版画としては特大版の『渓流』(1928年)などは、じっと見ているとまるで水が流れているように感じてしまうほど臨場感のある圧倒的な表現力と画力に唸ってしまうのです。

 国内はもとより海外へも出かけていくほど無類の旅好きだった吉田は、アメリカ、ヨーロッパ、インドやエジプト、そして国内では富士や日本アルプスといった日本の山岳、穏やかな瀬戸内海を美しい版画作品として残しました。人物の描写も行ってはいたものの、やはり雄大な自然や名所の描写が彼の真骨頂で、例えば海に浮かぶ『帆船』シリーズにみられるように、同じ版木を用いて刷る色を替えることで、刻々と変化する光の移り変わりを表わしました。加えて、繊細なグラデーションや細部までのディテールの美しさは、30回から場合によっては100回近くも版摺りを重ねた結果に生まれたものでした。

 若い時から多くの渡航経験を通して最新の欧米絵画の流れを早々と会得していた吉田博は、登山と旅にも情熱を傾け続け、当時の日本人としてはかなり珍しい画家人生を送りました。自然の懐に入り込みそこで体得した自然観と、欧米の専門家たちをも驚嘆させた技術によって制作された彼の版画作品は、長い間、日本よりも海外において高く評価されていたそうです。ともかく、生涯に渡ってあくなき探究心をもって、新しい木版画の創造のために大きく貢献した吉田博という画家は、まさに「名匠」という言葉が似合う芸術家だと思うのです。

Illustration: SANDER STUDIO

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『吉田博作品集』(東京美術)近代風景画の巨匠として知られる吉田博の画業をトータルに紹介する作品集。清新と抒情にあふれた水彩・油彩・木版画の傑作約140点を掲載。

展覧会情報

「没後70年 吉田博」展
会期:2021年1月26日(火)~2021年3月28日(日) 
会場:東京都美術館
https://yoshida-exhn.jp


文/河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。この連載から派生した『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年4月に出版、続編『芸術家たち ミッドセンチュリーの偉人 編』(アカツキプレス)が2020年10月に発売となった。
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