河内タカの素顔の芸術家たち。
黒人文化と民藝運動を融合させた シアスター・ゲイツ【河内タカの素顔の芸術家たち】Theaster Gates / July 10, 2024
黒人文化と民藝運動を融合させた
シアスター・ゲイツ
黒人アートの代表的なアーティストと言えば、多くの人がジャン=ミシェル・バスキアのことを思い浮かべると思いますが、意外にも当のバスキア本人は“黒人アーティスト”というレッテルを貼られるのを嫌っていたといいます。一方、黒人であることを誇りにし、「ブラックネス(黒人らしさ)」を全面的に打ち出した活動を行なっているのがシカゴ在住のシアスター・ゲイツというアーティストです。
現在、森美術館で行われているゲイツの展覧会に足を運ばれた方は、その度肝を抜く質と量、濃度、そして黒人であるプライドやブラックカルチャーを題材にした多様なアプローチのインスタレーションに驚かれたのではないでしょうか。僕もその一人で、彼のアートはアフリカ系アメリカ人である彼自身のアイデンティティの検証が創作の礎となっていると思われるのですが、今回の展示がさらにユニークなのは、「アフロ民藝」というタイトルからも連想されるように、日本の民藝や工芸、その作り手との彼の関わりを考察している点で、このアーティストの際立った独創性が日本人により身近に感じられる内容となっているところです。
米国シカゴのサウス・サイド地区を拠点とするゲイツは、本来得意とする陶芸と立体作品の制作に並行して、現代アートの範疇に留まらない社会的規模の活動を行なっています。例えば、自らが率いる南部の黒人伝統音楽をベースにしたThe Black Monksでの実験的な音楽活動や、40軒以上の空き家を再生し低所得者が多く住む地元コミュニティへ還元したり、黒人の歴史や地域にまつわる映画を上映する「ブラック・シネマ・ハウス」を開設したりと、都市における再生や社会活動に長年取り組んできたのです。
そんなゲイツが民藝運動とブラック・アートを融合させるきっかけとなったのが、無名の工人による生活道具に美を見出した柳宗悦の思想に触発されたことにありました。外部からの文化的アイデンティティの押し付けに抵抗する姿を民藝運動に見出した彼は、白人の圧力に抵抗してきた黒人たちの姿を重ね合わせようとしたのです。ゲイツの日本との関わりは意外にも古く、2004年に陶芸を学ぶために愛知の常滑に初来日して以来、日本文化や日本で作ったオブジェ、陶芸を取り入れてきました。常滑コミュニティへのゲイツの思いも深く、「常滑は私を変えてくれた場所であり、より良いアーティストになるための訓練や刺激を受けた、世界でもっとも重要な場所のひとつだ」と語っているほどなのです。
今回の展示も、常滑で焼かれた約1万4千個のレンガを敷き詰めた部屋から始まります。常滑の陶芸家として知られた故・小出芳弘氏の陶芸コレクションをまるごと買取り、壁一面を埋め尽くした展示は見るものを圧倒するはずです。他にも、天井高の展示室に黒人の歴史や文化に関する本を並べた「ブラック・ライブラリー」は、約2万冊にも及ぶ書籍(本展では日本語で書かれた本や雑誌も含まれています)が閲覧できたり、広告もすべて黒人オンリーの『EBONY』『JET』といった日本人には馴染みのないない雑誌が置かれていたりといった体験型セクションも設けられています。
体験型といえば『みんなで酒を飲もう』(2024年)と題されたインスタレーションもユニークです。本人が制作した陶器ではなく貧乏徳利を棚に大量に整然と並べた展示なのですが(ちなみに「貧乏徳利」とは家で飲んだ後に、酒屋で酒を再び入れてもらう瓶のことです)、日本人のリサイクル文化を讃える意図も込められているそうです。この部屋はなぜかディスコのようなキラキラした光やネオンが照らし出しているのですが、そこでちょうど流れていたレコードがフィラデルフィア・ソウルの重鎮、ザ・スタイリスティックスだったのですが、個人的にはあのような黒人音楽を聴き親しんだことで、黒人文化が少しながらも身近に感じていた頃を懐かしく思い起こしてしまいました。
このようにジャンルの垣根を超えたゲイツのブラック・アイデンティティをテーマにした幅広い活動を象徴する言葉として「ブラック・イズ・ビューティフル」というのがあります。これは1954年から1968年まで盛んに行われていたアメリカの公民権運動の時の鍵となったスローガンなのですが、この言葉の精神性や美学を今の時代に体感するのがゲイツの芸術活動だといえるかもしれません。それに加えて、日本文化との彼の個人的な関わりを融合させることで、異文化の交わりから生み出される新たな可能性を提示したこのアーティストの柔軟さには、学び以上の高揚感を覚えてしまうのです。
展覧会情報
シアスター・ゲイツ展:アフロ民藝
会期:2024年4月24日~9月1日
会場:森美術館
住所:東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー53階
https://www.mori.art.museum/jp/