河内タカの素顔の芸術家たち。

“無駄なくシンプルで機能的” なデザインを 実践し推奨したテレンス・コンラン【河内タカの素顔の芸術家たち】Terence Conran / November 10, 2024


テレンス・コンラン Terence Conran 
1931-2020 / GBR
No. 133

第二次世界大戦後まもなくテキスタイルや食器のパターン・デザイナーとして活動を始め、家具をはじめとするプロダクト開発や、都市の再開発、書籍の出版など関わった事業は多岐に及ぶ。1960年代にホームスタイリングを提案する「ハビタ」をチェーン化して成功を収め、起業家としての手腕を発揮する。1970年代から展開した「ザ・コンランショップ」におけるセレクトショップの概念は世界のデザイン市場を一変させた。また、早くからレストラン事業にも乗り出し、高級レストランからカジュアルなカフェまで50店舗以上を手がけ、モダン・ブリティッシュと称される新しい料理スタイルをイギリスの食文化に定着させた。

“無駄なくシンプルで機能的” なデザインを
実践し推奨したテレンス・コンラン

 英国の有名な家具デザイナーといえば、個人的にはまずA.H.マッキントッシュ、そして近年ではジャスパー・モリソンとトム・ディクソンあたりで、家具デザイナーではないもののポール・スミスやマリー・クヮントなどもイギリスらしさが感じられるデザイナーだと思います。一方、テレンス・コンランとなると、家具デザイナーというより「ハビタ」や「ザ・コンランショップ」で知られる経営者といった印象が強かったのですが、実際に何をした人だったのかよく知らないままでした。現在、東京ステーションギャラリーで行われている「テレンス・コンラン モダン・ブリテンをデザインする」は、そんな疑問に答えてくれるかのように、いかに様々な事業をコンランが展開していったかを伝えるような充実した内容となっています。

 1931年生まれのテレンス・コンランは、1960年代初頭からスタイリッシュな家庭用品やインテリア製品を幅広い市場に提供したデザイナー、レストラン経営者、実業家でした。セントラル・スクール・オブ・アーツ・アンド・クラフツ(現セントラル・セント・マーチンズ)でテキスタイル・デザインを学び、食器やテキスタイルのパターンデザインで注目されるようになると、自身の家具スタジオを設立し、当時通っていた大学の教授だったエドゥアルド・パオロッツィと共同で作業をします。大学を中退し、その2年後にはロンドンのノッティングヒルに家具工房をオープンするという順調な滑り出しでした。

 25歳の時には「コンラン・デザイン・グループ」を設立し、家具事業を統合するだけでなく、インテリアや小売スペースのデザインも手がけるようになります。この頃の代表的な仕事に、彼の友人でもあったマリー・クワントの店舗デザインがあり、まだ手作りだった自分の家具もノーフォークにある大きな工場に業務を移し生産を拡大していきました。そして1964年にロンドンのチェルシー地区にセレクトショップの先駆けとなる「ハビタ」1号店をオープン。そのショップは単に家具や食器を売るのではなくトータルな暮らし方を提案していて、商品のセレクトやディスプレイも画期的でした。この当時のロンドンはというと、若者文化が開花し活気に満ちていた「スウィンギング・ロンドン」の真っ只中で、コンランもその勢いに便乗するように店舗を次々に展開。1973年には消費者により上質なものを提案することを目指し、洗練されたモダンな家具やプロダクトを販売する「ザ・コンランショップ」をオープンさせたのです。

 1980年代になると事業の規模をさらに拡大していくのですが、後半には業績不振の煽りを受けて投資家たちによってCEOの座から追われ、会長職も退くことに。しかし1990年に設立した「コンラン・ホールディングス」の下で自身の事業の一部を維持、その中には「コンラン・レストラン」として設立したロンドンおよび海外の飲食店を統括する飲食事業がありました。他にも建築設計事務所「コンラン・アンド・パートナーズ」は、六本木ヒルズ開発に参加するなど幅広く事業を展開し、同時に1984年に設立した特注家具ブランド「ベンチマーク」も維持し続けていました。それだけではありません。デザインや食品関連に関する多数の本の著者としても知られ、代表的な著書に『The House Book』(1974年)、『Terence Conran’s Home Furnishings』(1987年)、『Terence Conran on Restaurants』(2000年) があります。そんなコンランの長年の夢だったのが、英国におけるデザイン美術館の設立。1981年にヴィクトリア&アルバート博物館の展示スペース「ボイラーハウス」をオープンし、それが1989年に「デザイン・ミュージアム」となって開館、2016年11月に約3倍の広さを持つ新館へと移転し今に至ります。

 ロンドンから西に100キロ、バークシャー州キントベリーに「バートンコート」と呼ばれる18世紀後半に建てられた赤レンガの邸宅があります。前述したベンチマークの農舎を改築した工房が隣接しているこの家に、コンランは1970年代後半から亡くなるまでずっと暮らしていました。鶏や蜂を飼い、野菜や果物を育てて庭いじりを楽しみながら、 レシピ開発や雑誌のための撮影を行ったり、家具デザインのスケッチに没頭したりしていたといいます。 広々とした仕事部屋には、デザインと機能に優れた家具や選び抜かれたプロダクトや模型などが棚に整然と置かれていて、本展でもその室内を撮った写真とともに実際のプロダクトも展示されています。まさにコンランの人となりを物語る空間だったのですが、他にもコンランがデザインした初期の家具など見どころ満載な展示なのでお見逃しなく。

Illustration: SANDER STUDIO

『A LIFE IN DESIGN: 1931–2020 Who Is Terence Conran?』(コンランショップ・ジャパン)テレンス・コンラン展の図録に替わる副読本として刊行。幼少期・学生時代から、デザインに関わる起業の数々、レストラン経営、都市開発、出版業、美術館設立まで、めまぐるしく展開された活動を様々なエピソードをちりばめて紹介。

展覧会情報
「テレンス・コンラン モダン・ブリテンをデザインする」
会期:2025年1月5日(日)まで開催中
休館日:月曜日(12/23は開館)、12月29日〜1月1日
会場:東京ステーションギャラリー
住所:東京都千代田区丸の内1-9-1
「ザ・コンランショップ」の生みの親であるサー・テレンス・コンランの人物像に迫る本展は、「デザイナー、コンランのはじまり」「起業の志:ハビタとザ・コンランショップ」「食とレストラン」「再生プロジェクトと建築 / インテリア」「日本におけるプロジェクト」など8つのキーワードによって構成されている。
https://www.ejrcf.or.jp/gallery/exhibition/202410_conran.html


文/河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。この連載から派生した『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年4月に出版、続編『芸術家たち ミッドセンチュリーの偉人 編』(アカツキプレス)が2020年10月に発売となった。

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