河内タカの素顔の芸術家たち。

河内タカの素顔の芸術家たち。
柚木沙弥郎Samiro Yunoki / December 10, 2021

SAMIRO_YUNOKI
柚木沙弥郎 Samiro Yunoki
1922- / JPN
No. 097

洋画家の柚木久太の次男として東京都に生まれる。1942年東京帝国大学文学部美学・美術史科に入学。1943年学徒動員、1945年静岡県の大井海軍航空隊で終戦を迎え、父親の郷里であった倉敷に復員。1946年大原美術館勤務していた際に、民藝運動を知ったのち、芹沢銈介の作品に感銘を受けて染色家を志す。芹沢に弟子入り後、静岡県由比町の正雪紺屋に住み込み染色の技法を学ぶ。1972年に女子美術大学の教授、そして1987年からは学長を務めた。染色のみならず、版画や人形、そして絵本などを制作、99歳の現在も現役で制作を継続している。

生きる喜びが伝わってくる染物
柚木沙弥郎

「ぼくは模様が『美』だと思う。自然はそのままだと荒々しいけど、人間が手を加えて整えるととても美しくもなる。人がものの本質、そのいきいきとした部分を掴んで、表すのが模様だと思います。そういう意味ではとても抽象的で、なんというか本質的なものです。愉快でないと、ワクワクしていないと、そういう状態に自分がいなければ模様を生み出すことはできないと思いますね。」 — 図録『柚木沙弥郎 life・LIFE』のインタビューより抜粋

 現在、立川市の商業施設内にあるPLAY! MUSEUMにて開催されている柚木沙弥郎展が素晴らしい。本展は、絵本の原画が並ぶ「絵のみち」から始まり、螺旋の動線に従って進んでいくと、奥にあるほの暗い展示室に「布の森」が広がっている。そこには様々な色や模様が染色された細長の布がバランスよく吊るされていて、遊び心に満ちたカラフルな布の森を彷徨歩くと、いつのまにか楽しげな雰囲気にすっかり心が和んでしまうのです。

 東大で学び、民藝運動に触発された染色家として知られる柚木沙弥郎(ゆのき・さみろう)。今も元気に制作をされていることも素晴らしいのですが、アートでもなく工芸でもない、その中間なものとご本人が言われている作品には豊かさと大胆さがあり、そんなオリジナリティ溢れるパターンを次々に生み出すフレッシュな感性と先進性が、99歳になられた今もまったく衰えてないところがすごいと思うのです。

 柚木の染色スタイルは、布に型紙を使って染める「型染め」と呼ばれる方法で、防染糊を塗っておいた部分だけは染まらないという性質を生かして制作しています。幾何学的な模様、ハサミなどの道具や人や鳥や動物、または身近な自然から抽出したような抽象化された絵柄は、冒頭にある彼の言葉のように実にいきいきとして、見るものを楽しい気分にさせてくれる豊かさと奥深さが同時に内包されています。

 そうそう、今回の展覧でもうひとつ目が釘付けになったものがあって、それが柚木のインシピレーションの元というか、彼が長きにわたり収集してきた中米や南米やアフリカの民芸品や玩具が詰め込まれた二つの戸棚でした。そのカラフルで愛らしい品々を見た瞬間、ぼくはハーマン・ミラー社でテキスタイル部門のディレクターだったアレキサンダー・ジラードの郷土玩具のコレクションを思い出さずにはいられませんでした。というのも、その多くはジラードの収集していたものと似通っていたためで、もしやと思って調べたら、やはり柚木も64歳のときにサンタフェに行っていて、ジラードのコレクションを見てメキシコの玩具に魅了されていたのです。

 実はサンタフェへの旅をする前まで仕事に行き詰まりを感じていて、染色の仕事をやめようとさえ思っていたというのです。ところが、サンタフェにある「インターナショナル・フォーク・アート・ミュージアム」でジラードが収集した郷土玩具やフォークアートのコレクションに遭遇し、いかにも素朴な造りであるのに、いきいきとした活力に心が躍ってしまい、「ああ、なにをやってもいいんだな、ただやるなら自分が楽しくないとつまらない」と思いなおしたことで、それからは新たな気持ちで制作に打ち込めるようになったそうです。

 そんな素朴な玩具から派生したのが、今回の展示にも披露されている2004年に制作された「町の人々」という人形たちです。紙粘土で作った頭部に染色した布や古布を組み合わせた衣装を着せた素朴なものなのですが、ジラードが自邸に飾るためにデザインした「Wooden Dolls」の人形に通ずるものを感じました。テキスタイルのデザインに加えて造形力の高さをそれぞれの人形から伺い知ることができ、もしいつの日かこれらの人形に注目した展覧会が企画されることになれば、多くの発見が見出せるのではないかといろいろ思いを巡らしてしまうわけなのです。

Illustration: SANDER STUDIO

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『柚木沙弥郎 life・LIFE』(ブルーシープ)開催中の展覧会の公式図録。1969〜2020年までの染⾊作品を、写真家・平野太呂が撮り下ろし。絵本の原画や、紙粘土と布で作られたユーモラスな人形、インタビューなども収録。

展覧会情報
「柚木沙弥郎 life・LIFE」展
会期:2021年11月20日(土)〜2022年1月30日(日)
会場:PLAY! MUSEUM
住所:東京都立川市緑町3-1 GREEN SPRINGS W3

https://play2020.jp/article/yunokisamiro/


文/河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。この連載から派生した『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年4月に出版、続編『芸術家たち ミッドセンチュリーの偉人 編』(アカツキプレス)が2020年10月に発売となった。

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