河内タカの素顔の芸術家たち。

河内タカの素顔の芸術家たち。
ロニ・ホーンRoni Horn / January 10, 2022

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ロニ・ホーン Roni Horn
1955- / USA
No. 098

ニューヨークに生まれ、ニューヨークとその近郊の町で育つ。ロード・アイランド・スクール・オブ・デザインを19歳で卒業し、その後イェール大学で博士課程を修了。1975年に初めてアイスランドに旅行に出かけ、それから長年に渡って通いつめながら、そこで経験した孤独や地質学的環境が制作に多大な影響を及ぼす。これまでポンピドゥー・センターやテート・モダン、ホイットニー美術館など世界有数の美術館で個展を行い、現在はマンハッタンのほかに、メイン州沖に位置するマウントデザート島にもアトリエと住居を構えている。

人の知覚の移ろいをテーマにするアーティスト
ロニ・ホーン

 箱根のポーラ美術館にて、アメリカの現代アーティストであるロニ・ホーンの国内初となる大規模な個展が行われています。写真、彫刻、ドローイング、本、そしてインスタレーションと様々な表現方法を使い分けての静謐でポエティックな作品は、このアーティストの深い思考力や観察力が感じられるものばかり。会場を後にする頃には「すごいものを見てしまったなぁ」と震えるような気持ちになってしまいました。

 展示会場で最初に目にするのが、日本の庭に置かれている手水鉢を思わせる円筒形の半透明ガラスによる彫刻作品です。10点組みのうちのひとつに近寄ってみると、たっぷりと水を湛えた器のように見えたものの、よく見るとその表面には1滴の水もなく、すべてがソリッドなガラスだけで作られていて、その軽やかな形状に反し、じつは数百キロもの重厚なガラスの塊という意外性と驚きを内包した作品であったのです。

 さらに、美術館周辺の森の中へ出向くと、高さと重さを増した白い半透明ガラスを使った『鳥葬』というタイトルの作品が見えてきて、それが遊歩道の近くではなくあえて森の中に分け入った場所に設置されています。こちらの作品は屋外がゆえに雨水と枯葉が溜まり、木漏れ日が当たるとほのかに発光する姿はどこか不思議な生命体のようでもあります。この作品は天気の変化や光の角度によって見え方が変わるわけですが、今回の展覧会が終わってもそのまま常設展示されるということなので、今後、時間をかけて箱根の森の中にゆっくりと同化していくのでしょう。

 ロニ・ホーンは北ヨーロッパの大西洋上に位置するアイスランドに40年以上も通いつめていて、そのことが自身の作品の絶え間ないインスピレーションとなっていることで知られています。多くの火山や氷河があるアイスランドでは、大量のマグマが流れ出し、氷河が荒々しく大地を削ることで新たな地形を形成していくわけですが、彼女にとっては溶けたガラスが冷えて固まっていく過程がマグマと重なって見えたのかもしれません。

 ぼくがロニ・ホーンの作品を知ったのはまだニューヨークに住んでいた頃で、それが1人の女性の 100枚のポートレート写真で構成された『You Are The Weather (あなたは天気) 』という作品でした。アイスランドの屋外の温泉にて、6週間にわたり1人の女性を撮影し続けたものなのですが、人の表情を表すときに「晴々としている」や「曇った表情をしている」などと表現することがあるとおり、環境や周囲との関わりによって人の表情がまるで天候のように日々変わっているということを投影した作品でした。

 この作品からわかるとおり、同じように見えるものの中でほとんど知覚できないほどの違いを見比べることは、ホーンの作品を理解する上で鍵となるように思えます。水、光、天候、人の表情など、日常の中で私たちが見慣れているものを観察し続けることで、それらが常に変化しながらほかの物へ作用をしていると気づかされるというか……。このロニ・ホーンというアーティストは、様々な手法や素材を使い、見るものの意識を研ぎ澄まさせ、その上で「ものをより深く見るためのヒント」を提示しているのではないだろうかと思えて仕方ないのです。

Illustration: SANDER STUDIO

『ロニ・ホーン:水の中にあなたを見るとき、あなたの中に水を感じる?』(平凡社)写真、ガラスの彫刻、ドローイングなど多様なメディアでコンセプチュアルな作品を制作し続けてきたロニ・ホーンの、40年の実践を紹介する国内初の展覧会図録。

展覧会情報
「ロニ・ホーン:水の中にあなたを見るとき、あなたの中に水を感じる?」展
会期:〜2022年3月30日(水)
会場:ポーラ美術館
住所:神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山1285
https://www.polamuseum.or.jp/sp/roni-horn/


文/河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。この連載から派生した『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年4月に出版、続編『芸術家たち ミッドセンチュリーの偉人 編』(アカツキプレス)が2020年10月に発売となった。

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