河内タカの素顔の芸術家たち。

メランコリックな青色に覆われた パブロ・ピカソの原点【河内タカの素顔の芸術家たち】Pablo Picasso / October 10, 2022

Picasso

パブロ・ピカソ Pablo Picasso
1881 – 1973 / ESP
No.107

スペインのアンダルシア地方の美術教師の長男として生まれる。幼少時から卓越したデッサン力を示し、ダ・グァルダとバルセロナの美術学校でアカデミックな技法を学ぶ。1900年に初めてパリを訪れ、1904年からはパリの長屋「洗濯船(バトー・ラヴォワール)」に住みエコール・ド・パリの芸術家たちと交友を深める。1907年に代表作『アヴィニョンの娘たち』を制作後に、ジョルジュ・ブラックとともにキュビスムを創始する。1918年頃からは新古典主義的傾向に変わり、1925年以降はシュルレアリスムに傾倒していく。そして1937年にスペインのフランコ政権に抗議して『ゲルニカ』を制作するなど、フランスを拠点として生涯に渡って精力的に創作を行った20世紀美術の最高峰であり、その作品総数は約15万点と言われている。

メランコリックな青色に覆われた
パブロ・ピカソの原点

 キャリアが70年以上と非常に長く、しかも作風が実に多彩だったパブロ・ピカソのことを短い文章で書くのはなかなか難しい。セザンヌに触発されて創始したといわれるキュビスム、写実的な新古典主義に続いてシュルレアリスムへの接近、ナチス・ドイツの爆撃に抗議して描いた大作『ゲルニカ』、そして戦後から晩年まで続けられた「画家とモデル」シリーズに加え、版画、彫刻、陶芸、舞台装置…… その幅広い活動にとにかく圧倒されますが、一般的には極端に変形させた顔や人体を描いたものが、おそらくピカソの代名詞ということになっていると思います。

 生涯ほとんど途切れることなく、革新的に創造し続けたピカソでしたが、そのスタートとなったのが「青の時代」という初期シリーズでした。画面全体が青や青緑で覆われていたため、そのように呼ばれるようになったわけですが、色だけでなく描かれたモチーフもかなり“ブルー”であり、娼婦や貧困層など社会の底辺で生きる人々を描いた暗いムードが濃厚に漂うものばかりです。当時のピカソはまだ20歳前後だったのですが、幼少のころから天才と呼ばれ、自身も画家として成功するという野望を抱いて、故郷のバルセロナとパリを行き来していた頃に取り組んだシリーズでした。

 すでに将来を有望視されていたピカソが、なぜそのような暗い絵ばかりを描くようになったのでしょう? そのきっかけとなった事件が、親友の画家カルロス・カサジェマスのピストル自殺でした。カサジェマスは絵のモデルになってくれた人妻のジェルメールを好きになるも相手にしてもらえず、ピカソがスペインに一時帰っていた留守の間に、カフェでパーティーを主催し、彼女に思いを告げるもその場でも断られてしまいます。すると、彼女に向けいきなり銃を発砲。幸いそれは外れてしまいますが、その直後に自身のこめかみを撃ち抜き非業の死を遂げてしまったのです。

 スペイン時代からの無二の親友を失ったピカソは、その死を食い止められなかった自責の念が重なり、精神的にかなり不安定な状態になってしまいます。そして、深い悲しみと苦悩に直面しながら、貧困、孤独、死など人の負の側面を、様々なブルーを基調として塗り重ねることで、自身のメランコリックな心情を表現するようになっていくのです。しかしながら、その暗いテーマもあってか完成した作品はほとんど売れず、経済的にどん底に近かったピカソの生活はさらに困窮していくことになっていきました。

 新しいキャンバスを買うこともままならず、売れなかった作品や未完成作の上に重ね塗りをしたため、この時代の作品の多くに異なるイメージが埋もれていることがやがて知られるようになります。例えば、1902年に描かれた『海辺の母子像』(ポーラ美術館所蔵)には女性像が、そして『酒場の二人の女』(ひろしま美術館所蔵)にはかがんだ横顔の女性が描かれているのが、近年の高度な撮影技術によって確認されています。これまで日の目を見ることがなかったこれらの永遠に埋もれてしまったイメージのことを思うと、今や最も人気のあるシリーズなだけに、若きピカソが苦悩しながらひたすら描いていた様子がより生々しく思い浮かんでしまうはずです。

 結局、悩み多き「青の時代」は3年ほど続き、それがピカソ芸術の基盤となっていったのですが、フェルナンド・オリヴィエという恋人ができたことで精神状態が良くなると、自らの気持ちの変化を表現するように、明るく生き生きとした「バラ色の時代」へと移行していくことになります。それはまさに長い冬の後にやっと訪れた春のごとく、柔らかなピンクなど暖色系を使って、恋人や母子像、役者やサーカスの道化師など、穏やかでハッピーなムードが漂うモチーフを描くようになり、苦労を経てのピカソの創作活動は目覚ましい勢いで進化していくことになるのです。

Illustration: SANDER STUDIO

『ピカソ 青の時代を超えて』(青幻舎)ポーラ美術館とひろしま美術館で行われる企画展の公式図録。欧米の美術館の協力を得て深めた作品研究をもとに、制作のプロセスに焦点を当ててピカソの作品を初期から捉え直す。

展覧会情報
ポーラ美術館開館20周年記念展「ピカソ 青の時代を超えて」
会期: 2023年1月15日まで開催中
会場:ポーラ美術館
住所:神奈川県足柄下郡箱根町仙石原小塚山1285
<巡回予定>
ひろしま美術館:2023年2月4日〜5月28日
https://www.polamuseum.or.jp/sp/picasso2022/


文/河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。この連載から派生した『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年4月に出版、続編『芸術家たち ミッドセンチュリーの偉人 編』(アカツキプレス)が2020年10月に発売となった。

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