河内タカの素顔の芸術家たち。

河内タカの素顔の芸術家たち。
マン・レイMAN RAY / August 10, 2021

MAN_RAY
マン・レイ  MAN RAY
1890-1976 / USA
No. 093

ペンシルベニア州フィラデルフィアに生まれ、ニューヨークに出て複数の美術学校で絵画を学ぶ。ダダイストとして知られたマルセル・デュシャンと知り合い、ニューヨークにおけるダダの運動を推進させる。1915年頃から写真を撮り始め、1921年にパリへ移住。シュルレアリスム運動の中心人物の一人となり、その後晩年まで写真、絵画、立体、グラフィック、映画など多彩な活動を行う。フランスの戦禍を避けるためにいったん米国に戻りハリウッドに滞在。しかし1951年には再び愛するパリに住み、その街で亡くなった。代表作に『アングルのバイオリン』や『天文台の時間:恋人たち』などがある。

芸術は崇高な遊びと考えていた
マン・レイ

 夢や無意識の力を借りた芸術として知られる「シュルレアリスム」の写真家といえば、まず思い浮かぶのがこの人、マン・レイです。本名であったエマニュエル・ラドニツキーを極端に短くし、Man Ray(ちなみにRayは「光線」を意味する単語です)と名乗るようになり、自分が描いた絵画を記録するためにカメラを手に入れたことが写真との最初の出会いでした。パリを拠点にしていた時期が長かったため、フランス人アーティストだと思われがちですが、実はユダヤ系ウクライナ人の父とベラルーシ人の母を持つアメリカ人アーティストです。

 彼がまだニューヨークに住んでいた頃、後にジョージア・オキーフの夫となるアルフレッド・スティーグリッツが運営していたギャラリー「291」でロダンやセザンヌ、ブランクーシなどの作品と遭遇したことに加え、パリからニューヨークに移住していたマルセル・デュシャンとの出会いが、若きマン・レイにとって大きな転機となります。そして、デュシャンの友人であった画家のフランシス・ピカビアとともに、ヨーロッパ発祥の「ダダ(無意味さや不条理を掲げた反芸術運動)」の流れを汲む「ニューヨーク・ダダ」を創始することとなります。

 そして21歳の時にエコール・ド・パリで沸いていたパリに向かい、当時から芸術家が多く住んでいたモンパルナスにアトリエを構え、絵画と写真を使った芸術にさらにのめり込んでいきます。マン・レイより一足早くパリに戻っていたデュシャンを介して、ピカソ、エリック・サティ、アンドレ・ブルトン、ジャン・コクトーといった当時の先鋭的な画家や音楽家や詩人たちとも交友を持つようになりと、シュルレアリスムを代表するアーティストとなっていくのです。

 写真に関しての知識と経験があったマン・レイは、様々な手法を取り入れた芸術表現を行ない、それに並行して、ピカソやダリといった芸術家たちや、彼らのミューズとなった女性たちのポートレート写真も数多く残しました。ファッション撮影も得意とし、「ヴォーグ」や「ハーパーズ・バザー」などに掲載されるほどファッション写真家としても成功を収めたのですが、最初からアートの制作と商業写真の仕事をきっちり分けていたため、自身の創造的な芸術活動は一切ブレることがありませんでした。

 写真のみにとどまらず、絵画、映画、彫刻、コラージュなどにおいて、ユーモアや奇怪に満ちた作品を数多く世に送り出したマン・レイは、恋多きアーティストだったことでも知られています。特に、モデルで歌手だったキキや、アメリカ生まれで戦場カメラマンとして知られるようになるリー・ミラーと恋仲であったことは有名で、そのような恋の遍歴も自身の創造性や革新的な表現に大きく影響を及ぼしていたことは、マン・レイの芸術にとって大きな特徴と言えるかもしれません。

 そのリー・ミラーと暗室で現像をしていた時に偶然に誕生したと言われる、白と黒を反転させる「ソラリゼーション」を発明したマン・レイでしたが、自分のスタイルを極めようとする旧来のアーティストのあり方とは異なり、軽やかでどこかつかみどころのない芸術家という感じがします。だからなのか、自身が撮ったお洒落で茶目っ気のあるセルフポートレートを見るたびに、なんて楽しく創造性に満ちた人生を謳歌した人だったのだろうと、どこか憧れの気持ちをいつも抱いてしまうわけなのです。

Illustration: SANDER STUDIO

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『マン・レイと女性たち』(平凡社)親しい女性たちをモデルにし、さまざまな女性像を表現してきたマン・レイ。彼の生涯を4つの時代に分けて、その時々に登場する女性たちに焦点を当てて紹介。

展覧会情報
「マン・レイと女性たち」展
会期:9月6日(月)まで開催中
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム
住所:東京都渋谷区道玄坂2-24-1 Bunkamura B1F
https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/21_manray/


文/河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。この連載から派生した『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年4月に出版、続編『芸術家たち ミッドセンチュリーの偉人 編』(アカツキプレス)が2020年10月に発売となった。

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