河内タカの素顔の芸術家たち。
「アートはみんなのために」を実践し続けたキース・ヘリング【河内タカの素顔の芸術家たち】Keith Haring / January 10, 2024
アートはみんなのために
キース・ヘリング
キース・ヘリングは1980年代のニューヨーク・アートシーンを象徴するアーティストのひとりです。暗い地下鉄の構内でチョークを使って素早く描いたドローイングで知られるやいなや、イーストヴィレッジの小さなギャラリーでの展示を皮切りに、かなり短期間のうちにエスタブリッシュ・ギャラリーで大規模な展覧会を開催するまでになります。そして夜になると、伝説のナイトクラブとして知られるパラダイス・ガラージや磯崎新氏が改修を担当したザ・パラディアムなどで音楽とクラブシーンに深く関わり、HIVの感染症によって亡くなるまでまさにフルスピードで80年代を駆け抜けたアーティストでした。
当時のニューヨークは今よりずっとローカル感があり、アーティスト同士のコミュニティーが存在していたこともあって、僕も同じ街に住んでいたのでキースとは何度か会ったことがありました。ソーホーのトニー・シャフラジ・ギャラリーで行われた個展のオープニングにはもの凄い群衆が詰めかけ、あまりの騒ぎにパトカーと警察が何人も駆けつけるほどの騒動になったのですが、「別にどうってことはないさ、楽しもうぜ!」ともみくちゃの人だかりの中で飄々とした彼の姿を今も鮮明に覚えています。また別の日に真夜中のナイトクラブで汗だくになって踊っている姿や、1986年にオープンさせた黒の線画に店内がびっしりと埋め尽くされた「ポップショップ」でも、子供達に笑顔を振りまく姿を見かけていたほどです。
キースの精力的な制作はアート界でも知れ渡っていただけに、いったい彼はいつ寝ているんだというほどエネルギーに満ちていたのですが、そもそも彼のアート活動というのが、社会を変えようとするポジティブな姿勢から来るものだったというのは、当時あまり語られていなかった気がします。それと超人気者だったのは違いなかったのですが、その一方で美術批評家たちからはそれほど評価されていなかったのです。そして亡くなった後わりと年月が経ってようやく正当な評価がされるようになっていったのですが、裏を返せば、彼がいかに時代よりかなり先を行っていたということの証だと言えるのかもしれません。
制作中のキースの姿は今も映像や写真などで見ることができるのですが、巨大なスケールでも下書きもなしでどんどん描いていき、子供の頃からいつもノートに落書きやドローイングをしていたらしく、少年時代のイノセントさが常に息づいているのも大きな魅力です。また、トレードマークの踊る人たちや天使、犬やUFOやピラミッドといった図柄は、言葉や年齢や人種を超えて誰もが感じることができるばかりか、そこに強い社会的なメッセージが込められているのは誰の目にも明らかです。中でも彼が死の間際まで描いていた「ラディアント・ベイビー(光を放つベイビー)」と呼ばれている赤ん坊のイコンは、社会の色に染まっていな完璧な人の姿であるとともに、未来への希望の象徴であると考えられています。キース自身がイコンの意味をほとんど語ることがなかったゆえに、逆に見るものの想像力を掻き立てるのかもしれません。
80年代のニューヨークは今とはかなり違って、家賃や物価も安く、お金がなくても工夫次第でいくらでもアート制作ができました。安くて美味しい飲食店があり、アートや音楽シーンも活気に満ち溢れ、世界中からいろいろなタイプのアーティストたちが集まっていました。その一方で、ドラッグや犯罪、そしてHIVやエイズがアーティストたちのすぐ身近にも蔓延し、コミュニティーにも重く暗い翳りが常に感じられたのも事実です。社会問題に敏感で同性愛者であったキースは、そのことを他の誰よりも作品に積極的に反映させていたわけですが、そんな彼の切実ともいえる願いや希望が今も輝きが失われていないところが、このアーティストの凄いところではないかと思ってしまうのです。
展覧会情報
「キース・ヘリング展 アートをストリートへ」
会期:開催中〜2024年2月25日
開館時間:10:00~19:00 金曜日・土曜日は20:00まで
会場:森アーツセンターギャラリー
住所:東京都港区六本木6-10-1 六本木ヒルズ森タワー52階
https://kh2023-25.exhibit.jp