河内タカの素顔の芸術家たち。
河内タカの素顔の芸術家たち。
ジュアン・ミロJoan Miro / March 10, 2022
日本を夢みていた画家
ジュアン・ミロ
ガウディの建築で有名なスペインのカタルーニャ地方の中心都市・バルセロナ出身の画家といえば、おそらくまず名前が挙がるのがジュアン・ミロだと思いますが、ぼくの中ではこの画家のアート界での立ち位置がわりと曖昧だったこともあり、「ミロってなんだかよくわかりにくい画家だなぁ」と内心ずっと思っていました。しかし、自由さに満ちたミロの軽やかな作品は、美術界のみでなくミッドセンチュリー・デザインの先駆けのようにも見えてきて、「ちょっと待てよ、他の誰とも異なるミロってやっぱりすごいんじゃないか!」と次第に思い始めたのです。
具象と抽象の中間をいくような絵を描くことで知られるミロは、無意識を利用した自由な線や形が大きな特徴で、それは彼の故郷であるカタルーニャ地方の世界観を表現しているとも言われています。また、一般的にミロが語られる時には、オートマティスム(自動記述)系のシュルレアリスト、ダダイスト、抽象表現……といったなんだか難しい言葉が飛び交うわけですが、自由奔放で直感的なスタイル、そしてあふれんばかりの生命感や色彩は、アートのムーブメントの範疇で語られることをどこか嫌がっていたようにさえ感じてしまうのです。
そして、というか、あらためて新鮮な視点でミロの絵を見なおすと、一見自由気ままなようでもありながら、人物や動物、風景をリズミカルに記号化し、赤や黄や黒といったスペインらしい色彩も際立っていることに気づかされます。スペインといえば、友人でもあったあのパブロ・ピカソをして「ミロは永遠の子供だ」と言わしめたそうですが、そういった生まれもったミロの純粋ともいえる芸術は、高度で洗練されたものだったのだと理解できるようになってきたというわけです。
そのミロが自身のキャリアのかなり早い段階から日本の文化に憧れていたことをご存知でしょうか? 現在、渋谷のBunkamura ザ・ミュージアムで行われている「ミロ展—日本を夢みて」では、そのタイトルが示唆するように、ミロが日本の陶芸や書、民藝、巻物などからインスピレーションを得ていたという考察のもと、日本への憧れが表れた絵画や版画、陶芸を通して、ミロという芸術家の面白さや深さを新たな観点から再認識させる意欲的な展示となっていて必見です。
ぼくは以前から「岡本太郎が一番影響を受けたのはミロではないだろうか」と考えていたのですが、この展覧会でそれが確信に変わりました。そう思うにいたった理由として、日本においては1930年代からミロの作品が続々と紹介されていたことが背景にあります。パリで制作していた頃のミロはわりと不遇の扱いだったのに対して、日本においては早くから高く評価されていたこと、さらには美術評論家でシュルレアリスムに傾倒した近代詩人の瀧口修造が1940年に刊行した単行本『ミロ』が世界に先駆けて出版されたこともあり、まだ20代だった岡本太郎がミロの知的なおおらかさに感化されたと考えても不思議はないはずです。
影響といえば、ミロに強く影響を及ぼした画家がいるんですよね。それがパウル・クレーであり、ミロ自身はクレーに関してこんなコメントを残しているのです。「クレーと出会ったことは、私の一生でもっとも重要な出来事だったし、その後の私の絵はあらゆる地上の束縛から自由になった。彼は私に、ひとつの斑点、ひとつの渦巻、一個の点であっても、人の顔や風景とまったく同じように絵の主題になりうることを教えてくれたんだ(ブラッサイ『わが生涯の芸術家たち』より抜粋)」と。その触発によってそれまでの様々な束縛から解き放されたミロは、それから晩年に至るまでひたすら自由奔放に創作に邁進し続けたというわけなのです。
展覧会情報
『ミロ展―日本を夢みて』
会期:2022年4月17日まで
会場:Bunkamura ザ・ミュージアム
住所:東京都渋谷区道玄坂2-24-1
https://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/22_miro/