河内タカの素顔の芸術家たち。

河内タカの素顔の芸術家たち。
剣持勇Isamu Kenmochi / June 10, 2021

Isamu_Kenmochi
剣持 勇 / Isamu Kenmochi
1912-1971 / JPN
No. 091

東京に生まれ、1932年に東京高等工芸学校木材工芸科(現・千葉大学工学部デザイン学科)を卒業し、商工省の工芸指導所で働いていた頃にブルーノ・タウトに出会う。1952年には渡辺力と柳宗理とともに日本インダストリアルデザイナー協会を結成。その3年後に剣持勇デザイン研究所を設立し「スタッキング・スツール」や「ラタン・チェア」などを制作。イサム・ノグチやイームズ夫妻らとも親交を持ち、日本人の暮らしの中に伝統的な造形感覚を生かすことを実践するなど、戦後の日本のデザイン界へ大きく貢献したが、残念ながら49歳の若さで亡くなってしまった。

ジャパニーズ・モダンを提唱したデザイナー
剣持勇

 戦後に活躍したデザイナーの一人として知られる剣持勇は、1952年6月に完成したばかりのロサンゼルスのイームズハウスを訪れました。その時のことを「軽やかな家でその室内のすばらしさといったらありません。居間には畳を敷き、五色の座布団が置いてあり、ここに座ると太平洋を広々と見下ろせる。イームズは私の肩をたたき『君の国が見えるよ。ここからあの方向に』とさも嬉しげに語ったのでした」(雑誌『室内』1964年12月号)という感想を残しています。
 
 雄大な太平洋を臨む小高い丘にあったその鉄骨とガラスでできた建物の室内には、畳や座布団、天井からはなんと提灯までもがぶら下がっていました。剣持はそんなイームズ夫妻の日本かぶれの様子を垣間見ながら、ユーカリの木々に囲まれたその近代的なその邸宅と、装飾を排し均整のとれた京都の桂離宮との類似点に思いを巡らしていたのかもしれません。そして、思いもよらなかったこの貴重な体験がきっかけとなり、帰国後の剣持は日本独自の良さを押し出す「ジャパニーズ・モダン」を提唱していくことになっていくのです。
 
 インテリアと工業デザイナーとして大きな功績を残した剣持の作品で最も身近にあるものが、あのヤクルトのプラスチック容器です。また、1960年にホテルニュージャパンの内装を手がけた際、館内のバーラウンジに置くためにデザインした「ラタン・チェア」は彼の代表作として知られ、バウハウス出身のデザイナーとして知られるマルセル・ブロイヤーの推挙によって、日本の家具としては初めてニューヨーク近代美術館(MoMA)のパーマネントコレクションとして所蔵された作品でもあります。

  日本の籐編みの高度な技術を最大限に使い、手作業によって丁寧に編み上げられていたこの椅子は、一脚作るのに約十時間も要したと言われています。加えて、イームズ夫妻が商品化したことで知られる合板の曲げの技術に触発された作品であるという点も海外から高く評価されたのかもしれません。実は、剣持がイームズを訪ねたのもこの技術を学ぶためだったようで、彼らの製作行程などを細かく見聞きし、それを自身のオリジナル作品に反映させたというわけです。

 1958年に発売された「スタッキング・スツール」はシンプルな美しさと機能性を兼ね備えたロングセラーで、今も変わらず〈秋田木工〉によって生産され続けています。また、自然の形状を素直に反映させたプロダクトとして思い浮かぶのが、熱海ガーデンホテルのロビー用の椅子としてデザインされた「柏戸イス」です。山形県が生んだ力士・柏戸の横綱昇進を記念して贈呈されたことからこの愛称となった重厚感に溢れるでっぷりとした椅子は、木目が残る杉の根元をブロック状に積み重ねて作ったもので、大木を削り出したままのようなインパクトのあるデザインが大きな注目を浴びました。

 剣持は、商工省の工芸指導所で働いていた頃にドイツ人建築家のブルーノ・タウトからモダニズム・デザインに関して細やかな指導を受けたことに始まり、北米に視察に訪れた際はイームズ夫妻に加えて、ミース・ファン・デル・ローエやバックミンスター・フラーといった巨匠たちからも直にモダンデザインのエッセンスを吸収していきます。そのような貴重な体験が、後の彼の創作活動に大きく影響を及ぼしていくわけですが、単なる欧米デザインの模倣で終わらず、日本の伝統技術の魅力を見直していったことで、やがて世界的にも高く評価されるようになるジャパニーズ・モダンを打ち出す革新的なデザイナーとなることができたというわけです。

Illustration: SANDER STUDIO

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『ジャパニーズ・モダン―剣持勇とその世界』(国書刊行会)日本を代表するインテリア・プロダクトデザイナーの剣持勇。その多彩な作品世界をカラー図版で収録した一冊。


文/河内 タカ

高校卒業後、サンフランシスコのアートカレッジに留学。NYに拠点を移し展覧会のキュレーションや写真集を数多く手がけ、2011年長年に及ぶ米国生活を終え帰国。2016年には海外での体験をもとにアートや写真のことを書き綴った著書『アートの入り口(アメリカ編)』と続編となる『ヨーロッパ編』を刊行。現在は創業130年を向かえた京都便利堂にて写真の古典技法であるコロタイプの普及を目指した様々なプロジェクトに携わっている。この連載から派生した『芸術家たち 建築とデザインの巨匠 編』(アカツキプレス)を2019年4月に出版、続編『芸術家たち ミッドセンチュリーの偉人 編』(アカツキプレス)が2020年10月に発売となった。

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