河内タカの素顔の芸術家たち。
河内タカの素顔の芸術家たち。
グラント・ウッドThis Month Artist: Grant Wood / September 10, 2018
アメリカの田園風景や人々を描いた画家
グラント・ウッド
アメリカの美術史において「リージョナリズム」という言葉が出てきたのが1930年代からなんですが、リージョナルとは「地方」、つまり都市から遠く離れた農村部などのことを指します。1929年に世界恐慌が起こったことで、世界から孤立を次第に強めていたアメリカは国粋主義や排外主義を打ち出し始め、そういった気運は田園生活の中での真の生き方や価値を見出そうとした芸術家たちによる地域主義運動に繋がっていったというわけです。
そして、このムーブメントの代表的な人物とされているのがグラント・ウッドというアイオワ州の画家でした。敬虔なクエーカー教徒の家に生まれ育ったウッドは、アメリカ中西部の牧歌的な田園風景、あるいはその地に暮らす人々を描き、米国人による新しい写実スタイルを生み出した画家として知られているものの、彼の絵というのはどこか世の中の動きに取り残されたようなシュールともいえる世界観を描き出していました。
そのウッドの最も有名な絵として知られているのが、『アメリカン・ゴシック』と題された肖像画です。タイトル通りゴシック調(当時、ヨーロッパのゴシック様式を入れるのが流行っていたそうです)ともいえなくもない白い二階建ての木造家屋の前で、真面目そうな農夫のカップル(農具である三又のピッチフォークを持ったモンドリアンのような風貌の真面目そうな男性と、髪の毛を真ん中から分けたおさげにカメオの首飾りを付けたいかにも敬虔そうな年下の女性の二人)が硬い表情で並んでいるといった奇妙な雰囲気が漂う作品です。しかしながら、この絵はアメリカ人であればおそらく誰もが知る有名な作品であり、『モナリザ』やムンクの『叫び』などとともによく漫画やパロディに引用されるので、もしかしたらどこかで見られたことがあるかもしれませんね。
この絵に描かれた二人ですが、一見すると年の差夫婦か父娘に見えるのですが、実際は夫婦でも親子でもありません。実はウッドの妹ナンと彼の歯科医だったバイロン・マッキービーなる人物をモデルとした描かれたもの、つまりセットアップされた作品だったのです。ウッドがこういった農民や田園風景を主題にしていたのは、アメリカの伝統的価値観を表現しているとも、時代遅れを揶揄しているとも言われていますが、その真意は明らかになっていません。ただエドワード・ホッパーのような都会派の画風とはかなり趣が異なり、どちらかといえばフランスの素朴画家として知られるアンリ・ルソーのようでもあるその丁寧に描かれた画風は、都会生活や前衛的なモダニズム運動から距離を置いたがゆえに生まれた独特のスタイルだったということは言えるかもしれません。
聞くところによると、ウッドの絵画スタイルに大きな影響を及ぼしたのは、15世紀のフランドル派を代表する画家であるヤン・ファン・エイクだったそうですが、超絶的ともいえるファン・エイクの技巧の精密さからするとウッドの絵は技術的には劣るものの、前述の『アメリカン・ゴシック』は確かにある夫婦の結婚式の様子を描いたファン・エイクの傑作『アルノルフィーニ夫妻像』からの影響が感じられるのです。ともかく、経済恐慌のあおりを受けた当時の暗い社会的混乱の中で、自然やものの豊かさに対してのアメリカの伝統的な価値感に対するウッドの眼差しが感じられ、この画家が生きた当時のアメリカの暮らしぶりをもっと知りたくもなってしまうのです。