河内タカの素顔の芸術家たち。
同じ対象を様々な光の中で描き分けた画家 クロード・モネ【河内タカの素顔の芸術家たち】Claude Monet / November 10, 2023
同じ対象を様々な光の中で描き分けた画家
クロード・モネ
この連載も今月で120回目を迎えたわけですが、これまでに書いた芸術家たちのリストを見ていたら、意外にも印象派を代表する画家クロード・モネのことをまだ書いていなかったことに気づき、今回はそのモネのことを書いてみようと思います。
モネといえば多くの人が『睡蓮』を思い浮かべるのではないでしょうか。モネは20年以上かけて約300点の睡蓮の絵を残していて、その中にはパリのオランジュリー美術館に常設されている総長80メートル超えの「大装飾画」や、直島にある地中美術館の壁一面に及ぶものも含まれています。モネの絵画の多くは自然が織りなす光の描写を探究するべく、室内でなく屋外で制作されたものなのですが、時間や天候、季節を変え、同じ構図やテーマの作品を何枚も描いていたことでも知られています。
チューブから直接出した絵の具を混ぜることなく小さな筆致でキャンバスに塗る「筆触分割」という手法を使い、モネは光により刻一刻と変わる光景をすばやくカンヴァスに定着させていきました。当時は筆跡のない滑らかな仕上がりが当たり前だったため、荒々しく描きなぐったような筆跡は「まだ描いている途中ではないか」と揶揄されたりしたのですが、そのように筆跡をあえて残すやり方が結果的にモネのスタイルとなっていくのです。
現在、上野の森美術館で行われている「モネ 連作の情景」は、タイトルが示すようにモネが同じ場所やテーマを題材にして、異なる時間、異なる季節ごとの表情を画面に留めるように描いていたことに由来しています。連作であるからこそ表現できるのだと言わんばかりに、モネは色や構図を変えながら何度も何度も同じテーマを描き分けていたのですが、その最初のモチーフとして選んだのが農業国フランスを象徴する『積みわら』でした。
モネが長年住んでいたパリ北西の町ジヴェルニーでは、収穫を終えた畑に多くの積みわらが点在していて、どこか小さなテントを思わせるその素朴な造形に心を奪われたモネは積みわらを集中的に描くようになります。最初こそ写実的に描いていたものの、大気の乾燥や湿気の度合いにも注意が向けられるようになると造形が単純化していき、やがてもやの中にうっすらと形が浮かんだ柔らかい色使いの絵画へと変わっていくことになります。
複数のカンヴァスを用意し、異なる光を受けて変化する光景を配置や距離を変えて描くことで、自身が知覚する心象風景を表現していったのです。同じ題材を連作によって描くというモネの独自のやり方は、『ポプラ並木』、『ルーアン大聖堂』、その後ノルマンディーの海岸線にある奇岩岬『ラ・マンヌポルト』やロンドンのテムズ川に架かる『ウォータールー橋』といった場所においても継続されたわけですが、光が織りなす表情を色彩のコントラストによって描き出すことで、光や空気の移ろいを感じさせる効果を生むこととなっていったのです。
売れっ子となり画家としての名声を手にしたモネは、1883年からジヴェルニーに転居し、後に「最も美しい自分の作品」と自負したほどの美しい庭園を約20年の歳月をかけて創り上げていきます。睡蓮が浮かぶ広々とした池には緑色の日本風の橋が架けられ、その花が咲き乱れる庭や池をモチーフにし、睡蓮の合間に映る空や雲、水中の水草や水面に映る柳など、まさに周囲が一体化した景観を素早い筆さばきによって描いていったことで、モネのキャリアにおいても珠玉の作品が続々と生み出されることになりました。
このように光と時の移り変わる様相を写し取った作品群によって、他の誰にもなしえなかった領域に達したモネでしたが、20世紀に入りピカソやマティスらが台頭し始めると次第に時代遅れの画家と言われるようになっていきます。しかしモネが亡くなって20年ほど経った頃、米国において抽象画家のロスコやニューマンらがこの印象画の巨匠による光の考察や睡蓮を描いた大作を評価したことで、モネの業績があらためて見直されるようになり、それからは現在に至るまで革命的な芸術家として高く賞賛されるようになっていったというわけです。
展覧会情報
「モネ 連作の情景」
上野の森美術館
会期:開催中~2024年1月28日
会場:上野の森美術館
住所:東京都台東区上野公園1-2
<巡回予定>
会場:大阪中之島美術館
会期:2024年2月10日~2024年5月6日
https://www.monet2023.jp