河内タカの素顔の芸術家たち。
河内タカの素顔の芸術家たち。
シャルロット・デュマThis Month Artist: Charlotte Dumas
/ September 10, 2020
馬と親密に対話するように撮る写真家
シャルロット・デュマ
仄暗い部屋で一頭の白い馬が静かに休んでいる一枚の写真がある。その様子は疲れているようでもあり、またどこか物思いに耽っているようにも感じられます。実はこの馬には、アメリカの軍人が眠るアーリントン国立墓地へ死者を搬送する際の「馬車馬」という重要な任務が与えられていて、この写真はその日の仕事を終えた夜間に撮影されたものなのです。そのことを知ってあらためて見ると、同じ馬であるのにまったく異なる印象を持ってしまうのです。
この厳かな写真を撮ったのがシャルロット・デュマというオランダ人の女性フォトグラファーです。シャルロットは、人に身近に接する動物たちを独自の観点によって検証し直すことで、現代社会における人と動物との関係、あるいはお互いの役割や共存の意味を問いかけてきました。特に馬をテーマにした作品で国際的に知られていて、前述の白い馬のほかにも、北海道や与那国島など日本各地に現存する「日本在来馬」を撮影するプロジェクトを2014年から行なっています。近年は映像作品も手がけていて、一人の少女が鞍のない馬にまたがり、与那国の海の中を乗りこなすという詩的な映像に残していたりします。
そのシャルロットの最新作となるのが『ベゾアール』と題された展示で、現在、銀座のメゾンエルメスフォーラムで開催されています。この展示のフライヤーには、藍色を背景にしてダチョウの卵ほどの「白い球体」が使われているのですが、この作家が撮ったものだからということもありましたが、これがなにか生死にまつわるようなただならぬものに思え、反射的に兵士の墓地へと向かうあの白い馬のことを思い起こしてしまいました。
ベゾアールは馬や牛のような草食動物の胃袋で形作られる凝固物の塊のこと。その成分は毛、植物、繊維が胃液とともに時間をかけて固まったものであり、中世のヨーロッパや中国において、ベゾアールはあらゆる薬の中でも解毒のための最良の特効薬と信じられていたそうです。体内から摘出された塊は、粉末にして服用されたり、傷の上に置かれたり、あるいはお守りとして身に付けておくだけでも効き目があると信じられていました。19世紀半ばになると、なんとエメラルドの50倍もの値段で取引されたほど重宝されていたといいます。
「表面が惑星に似ていて、それゆえ、動物の腹の中から摘出されたのに、どこか宇宙からやって来たようにも思える。これは、石を抱えていた動物が命がけでこしらえた生涯の作品であり、抵抗の証でもある。命とはかくも無常であることを想起してしまう」とシャルロットはコメントしているのですが、大きいものだと4キロにもなる重量が負担となり、重いベゾアールを抱えた動物たちはそう長く生存できなかったというのです。つまり、人々を古くから魅了したこの神秘的な物体は、皮肉にも動物の命と引き換えとして作り出される産物であったというわけです。
人間を見守るように存在する犬や猫などの動物は、人が生きていく上でもとても重要な存在であることは誰もが理解できると思います。そして、その動物たちから教えられることが多くあることも。シャルロット・デュマは、動物たちが人間にとって、または人間が動物たちにとってなにを意味するのかを問いかけながら、互いの関係性や生命のつながりを考えさせるような作品を提示してきました。今回のエルメスでの展示でも、人と馬との相互の役割などを考えさせる一方で、ガラスケースの中に展示されているあの白く美しい塊が、一頭の馬の命と交換に残されたことを思うと、やはりどこか物悲しくも思えてしまうのです。
展覧会情報
「ベゾアール(結石)」シャルロット・デュマ展
会期:2020年8月27日〜11月29日
会場:銀座メゾンエルメス フォーラム
https://www.hermes.com/jp/ja/story/maison-ginza/forum/200827/