Good for Me 編集部が出合ったベターライフ。
編集者・野村美丘さんに聞いた、25歳の僕に読んでほしい本。『火の鳥』April 12, 2025

娯楽を超えた不朽の名作。
映画を観ていると、たった1シーンだけで強く心を動かされることがあります。最近でいうと、『アノーラ』のラスト。約2時間30分、ジェットコースターのような展開に声を出して笑う瞬間もあるほど純粋に楽しんでいたのですが、最後のカットはいろんな感情が呼び起こされ、映画が終わってもしばらく余韻が残ったままに。今回読んだ手塚治虫『火の鳥』は、そんな心に残る1コマがいくつも登場する、とんでもない名作でした。
教えてくれたのは、アンドプレミアムをはじめ、さまざまな媒体で活躍する編集者の野村美丘さん。第134号「明日を生きるための映画」内の企画、「俳優・安藤玉恵さんの人生を変えた映画」の取材でご一緒した際に、「子どもの頃から何度も読んでいる作品。自分の死生観がひっくり返った」と紹介してくれました。
『火の鳥』といえば、図書館に置いてあった漫画ランキング個人的一位。もちろん知ってはいたけれど、なぜか通ってこなかった系のやつ。これは良い機会だ、漫画ならすぐ読み切れるだろう、と軽い気持ちで読み始めたのですが、全然進まない。読み応えがずっしりと羊羹のように重い。一巻読むごとに、これは凄いものを読んでしまった、、、と放心状態に。年末年始は主に『火の鳥』とともに過ごし、3ヶ月かけてやっと完走しました。
『火の鳥』未履修の貴方へ。
まず伝えたいのが、全12巻から成るこの漫画、一巻ごとに独立したオムニバス形式であるということ。言ってしまえば、どの巻から読んでも楽しめます。でも、おすすめはもちろん順番に読むこと。第一巻「黎明」編の舞台は古代日本。打って変わって、第二巻の「未来」編は西暦3404年の地球の話に。物語は交互に過去と未来を行き来し、徐々に現代へと近づいていきます。読み終えてから知ったのですが、元々の計画では、最後に「現代」編を描く予定だったそう。しかし、その約束は果たされぬまま手塚先生が永眠。つまり未完の作品なのですが、最後に描かれた「太陽」編は、他人事には思えないほど現代を映しています。
そして、この12の物語に共通するのが、火の鳥という存在。その鳥の生き血を飲めば不老不死になれると、人々は火の鳥を追い求めます。意外だったのは、火の鳥が全く出てこない巻もあること。主人公はあくまで人間であり、火の鳥は物語の観察者として紀元前から西暦3000年を超える未来まで、人類を見守ります。時代が変わっても何度も同じ過ちを繰り返す人間、それでも今度こそ命を正しく使うことを信じて。
ストーリーだけでなく、漫画という表現方法の自由さ、奥深さにも何度も感動しました。群衆が描かれた緊迫感のある場面にクスッと笑える気の抜けた顔のキャラクターが紛れていたり、映画のような躍動感に溢れたカットの連続であったり、ずっと眺めていられるほど精細に書き込まれた美しい風景、この世の真理を描いてしまっているのではと思わされるアート作品のようなコマも。
もし子どもの頃に出合っていたら、命に対する考え方が一変してしまうほどの衝撃があっただろうと思いました。保育園に通っていたとき、寝る前に「朝起きたら親が死んでしまっていたらどうしよう」と考えて泣いていた自分に渡してあげたい。ただ、今この歳だからこそ面白がれる部分もあって、野村さんが何度も繰り返し読む理由も分かった気がしました。定期的に読み返して、死とはなにか、人はなぜ生きるのか、といった根源的な問いに立ち返ってみたい。

読み終わったタイミングでちょうど、六本木ヒルズの展望台で「火の鳥展」が開催されていたので行ってきました。生物学者の福岡伸一さんによる解説や、作品ごとの時代年表、貴重な原稿の展示など盛りだくさんの内容。壮大過ぎて掴みきれていなかった物語全体の構造がわかりやすく整理されていて、理解が深まりました。
最後にもう一個、今回の読書をより楽しくしてくれたのがpodcast「夜ふかしの読み明かし」。読書会をテーマに、哲学者の永井玲衣さん、アナウンサーの西川あやのさん、芸人の大島育宙さんの3人が『火の鳥』を読んだ感想を一巻ごとに語っていて、読み進めるたびに聴くのが楽しみでした。毎回恒例のやばいコマ選手権、やばいセリフ選手権が特に好き。おすすめです。
Book Information『火の鳥 全12巻セット』

著者:手塚治虫
定価:¥17,160
発行:朝日新聞出版
編集部員によるリレー連載「Good for Me. 編集部が出合ったベターライフ」がスタートしました。ファッションや日用品、おいしいおやつ、旅先で見つけたもの…など、時には極めて私的な視点でお届けする編集部員のオススメはこちらから。
Editor 出口 晴臣
