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僕が惹かれる、パリの名店ビストロ『ル・バラタン』。 写真と文:宇多悠也 (〈ウティ〉デザイナー) #1May 09, 2025
パリのピレネー通りからベルヴィルへ坂を降りて行くと、『ル・バラタン』というビストロがある。
もう20年以上、年に何度もフランス各地を仕事で訪れている。その中でも一番通ってるお店の一つが、このビストロだ。
通うようになったきっかけは、〈アナトミカ〉のオーナーであるピエールやシャルルの影響。店主・フィリップの美意識が店内の隅々にまで息づいていて、当時は緊張しながら扉を開けたのを覚えている。
僕がナチュラルワイン、特にジュラワイン(フランス東部のジュラ地方で生産されるもの)にのめり込んでいったのも、このお店の影響がとても大きい。
いつも不機嫌そうなフィリップに、チャーミングな笑顔で純粋に“体が喜ぶ料理”を作るラケル。個性的なスタッフ達、そしてこのお店を愛するお客さまの空気感に、いつも心が温まる。

すべてが魅力的なこの店で、個人的に惹かれていたのが、フィリップが書く“menu de jour”(本日のメニュー)のボードの美しさだった。
ある日、ワインや食事を楽しんでいるときに、「このメニューボードを柄にしたらどうかな?」とふと思いつき、生地作りのパートナーにすぐ連絡し、勢いのままサンプルの開発を進めた。
「フィリップとラケルに見てもらったら、どんな反応するかな......?」そんな軽い気持ちだったが、その後、コロナ禍の影響で約1年間フランスに行けず、二人にサンプルを見せる前に製品が完成した。
ようやく渡仏できるようになり、フランス各地を回った旅の最終日。ランチにそのシャツを着て『ル・バラタン』へ向かった。
反応が想像ができず、怖いのと楽しみが半々。
当時はコロナ禍真っ最中ですべてテラス席のみの営業。サービス係のシャルルは忙しく走り回っていた。
「ガメイ ドーヴェルニュ」とだけ伝えると、とても大好きなヴィニュロンがつくる最高の一本が出てきた。

その日の営業には、フィリップもラケルも不在。デセール(デザート)が運ばれてきたとき、ようやくシャルルが僕のシャツの柄に気づいてくれた。
「マニフィック!(素晴らしい)」を連発しながらシャルルが喜んでいると、そのタイミングで、フィリップが出勤。シャルルがひと通り説明してくれると、フィリップがウインクだけして店内に消えていってしまった。
あれ? あんまり良くなかったのかな......?
しばらくして戻ってきたフィリップは、貴重なブテイユをもう一本持ってきて、「ありがとう」とプレゼントしてくれた。
僕は彼のために用意していたシャツを渡し、ベルヴィルまでの坂を下って帰った。
その後、フランスに数か月ごとに通う生活が戻り、友人達からあのシャツが欲しいと連絡が来るようになった。
大好きなヴィニュロンやソムリエ、飲み友達、〈アナトミカ〉のピエール、シャルルからも。

みんながそのシャツを着て、お店に行って、良い時間を過ごせたというエピソードをたくさん聞く。今でもお店に行くと、常連のムッシュ達やいろんな方から、「このシャツ、僕も欲しい」と声をかけられる。そして、「フィリップがすごく喜んでいたよ」と教えてくれる。
またいつか、あのシャツを作ろうかな。そう密かに思っている。
デザイン一つでいろんな人との繋がりやドラマがあり、洋服を作るという自己表現を選んでよかったなと思う機会だった。

edit : Sayuri Otobe
〈ウティ〉デザイナー 宇多悠也
