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福岡のオアシス「平尾村」。私の好きな福岡:3 写真と文:Yuki Matsuo (「All-You-Can-Eat Press」主宰) #3June 16, 2025
福岡・天神駅から西鉄電車で二駅。町の真ん中にあるのに、そこだけスコンと時空がゆがんでしまったような不思議な場所がある。
通称「平尾村」は、通りから入りくんだところに突如現れる、築80年を超える長屋が残る一画で、いくつかのショップと住居が細い通路を囲んで隣り合う。


「平尾村」を訪れる理由のひとつは、ギャラリー『二本木』へ行くため。
オーナーで、自身もアーティストでもある松尾慎二さんは、独自の感性と審美眼の持ち主で、九州を中心に国内外で活動する多彩なアーティストやショップなど、常に新鮮で刺激的な展示を企画。『二本木』に来ると、いつもワクワクに出合える。
過去の展示はこちらから。
漂ってくるスパイスの香りに導かれて、次に向かうのは「フロータン」。扉を開けると、カウンターの奥からやわらかい声が迎えてくれる。


“あーたん”こと、店主の平野敦子さんがひとりで切り盛りするこの店は、レストラン兼ギャラリー。そして「止まり木」のような場所。
店名の“Floatan”は、Float(浮遊する)と、自身のニックネーム「あーたん」から作った造語だそう。
店内には、あーたんが大切に集めてきた写真や絵、オブジェが飾られ、まるで彼女の部屋におじゃましているよう。
一角には選書のコーナーや、ライブや展示のフライヤーも並んでいて、カルチャー案内所にもなっている。

メニューは一択。ターメリックライスの左右にチキンカレーとひよこ豆のカレー、陰と陽が一皿に完結したインドのスパイスカレーだ。
パパドを割ってまぶしながらいただく。
カレーをよそった皿はあーたん手作りの漆器製で、スプーンは平らなもの。チキンの身をほぐす時にスプーンはナイフの役割も果たし、漆器の皿はカトラリーがぶつかっても嫌な音をたてない。細部にまであーたんのこだわりが行き渡る。食べ終わる頃には身体の奥の方がじんわり温まってきて、整うのだ。
真っ白な空間の中で、全身白に身を包んだスタッフが無駄のない動きで黙々とコーヒーを淹れている。
天気も良いのでミルクブリューをオーダー。
『二本木』の前に置かれたベンチでいただくことにする。豆はエチオピアのイルガチェフェのナチュラル。ミルクの中に溶け込んだコーヒーの香ばしさと、ほんのり甘く、すっきり角のないおいしさ。
まさにビューティフルな一杯。

オーナーの須永紀子さんと言えば「エアロプレスの伝道師」とも呼ばれる方で、コーヒーのおいしさをまっすぐに追求して世界へと発信していらっしゃる。
私がまだニューヨークに住んでいた頃、ここに訪れた際にエアロプレスのコーヒーメーカーを買おうかと迷っていると、「アメリカで買ったほうが安いですよ!」と、とても真摯な接客をしてくださった。
「平尾村」に、べったりしたコミュニティ感はない。個々が好きなことを好きな形で発信されている。
その間を気持ちのいい風が通り抜ける、まさに福岡のオアシスだ。
「All-You-Can-Eat Press」主宰 Yuki Matsuo
