&EYES あの人が見つけたモノ、コト、ヒト。

フロントグリルはなぜかくも巨大化したのか。連載コラム : 山内朋樹 #4December 24, 2024

フロントグリルはなぜかくも巨大化したのか。連載コラム : 山内朋樹 #4

車のフロントグリルが巨大化している——この押しの強いマスクについて書かないと、と思っているうちに、どうやらこのスタイルは終焉を迎えはじめている。だからグリルの巨大な車がまだ走っているうちに書いておこうと思ったのだった。

現在のフロントグリルの巨大化の流行はアウディA6(2005年)のシングルフレームグリルにはじまると言われる。もちろんこのデザインにはエンジンを冷却するためにグリルを大きくとっていた古典的なモデル(A6はアウディ の前進アウトニオン社のレーシングカー「タイプC」(1936年)をモデルにしている)や、一貫して巨大なグリルを採用し続けてきた高級車(たとえばロールスロイスのパルテノングリル)のデザインからの引用でもあるし、もっと即物的にデザインを辿れば90年代に前景化しはじめる流線形的なデザインの落とし子でもあるだろう。

しかしながらデザイナーの和田智がA6のスケッチのグリル部分に「STRONG FACE」——同時発表のQ7は「Power & Presence」——と書きつけたことからはじまった現在のグリルデザインは、過去の遺産からの引用や高級車のイメージの転用といった、コンテクスト重視の教養主義的な高級性からほとんど引き剥がされ、まさしく顔面の「力強さ」あるいは「力と存在感」という、「そのままさ」「あからさまさ」の勢いによって一気にひろまっていく。

2000年代後半にはじまったこの押しの強い現在のグリルデザインは、2010年代をとおして国産車では14代目クラウンのイナズマグリル(2012年)やレクサスGSのスピンドルグリル(2012年)に採用され、3代目のアルファード(2015年)でファミリータイプと結びついて一気に大衆性を獲得し、いまやヴェルファイアをはじめとして、メジャーメーカーの多くの車種に、ひいては軽自動車にまで波及している。

この押しの強い顔面の「そのままさ」「あからさまさ」は、逃れようのないこの時代の感受性——世間——が熱烈に支持したデザインだった。そしてこのデザインは、まさしくこの連載で描いてきたような、格闘系YouTuber等をはじめとするこの時代の殺伐とした成り上がり的勢いの象徴でもあっただろう。

しかしいま、テスラモデル3をはじめとする電気自動車のグリルレスデザインの合理性が、ギラギラと主張の強かった顔面に「マスク」をかけるかのように、巨大なグリルを終わらせようとしている(クラウンも16代目(2022年)からはフロントの印象がまったく違っている)。だからいまこそ、この2010年代のフロントグリルについて思い起こさなければならない。

edit: Sayuri Otobe


美学者・庭師 山内 朋樹

1978年兵庫県生まれ。京都教育大学教員・庭師。専門は美学。在学中に庭師のアルバイトをはじめて研究の傍ら独立。制作物のかたちの論理を物体の配置や作業プロセスの分析から探究している。著書に『庭のかたちが生まれるとき』(フィルムアート社、2023年)、共著に『ライティングの哲学』(星海社、2021年)、訳書にデレク・ジャーマン『デレク・ジャーマンの庭』(創元社、2024年)、ジル・クレマン『動いている庭』(みすず書房、2015年)。

researchmap.jp/yamauchitomoki

Pick Up 注目の記事

Latest Issue 最新号

Latest Issuepremium No. 134明日を生きるための映画。2024.12.20 — 960円