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コーマック・マッカーシーの『ブラッド・メリディアン』を読んで。物語を信じるという、自分の心を試す。写真と文:曽我部恵一 (ミュージシャン) #4October 30, 2025

前略
ばくはいま、サニーデイ・サービスの中国ツアーの最終地、中国・広州(コウシュウ)にいます。
中国の都市は、道路や建物がきちんと整備された区画に、雑多な市場や商店街が街に侵食するように入り込んでいて、歩いていてとても元気が出ます。
今日もマーケットを歩いてきました。
たくさんの活気ある声が溢れる、長く入り組んだマーケットを歩きながら、日本では見たことのないような果物や野菜、乾物などを眺めていると、中国の人たちの食に対する熱量とその歴史に圧倒されます。

生きることへの欲求が、素朴で美しい形でごろりと横たわっているようです。
そんなわけで、今回の旅の間じゅう、ぼくのお腹は鳴りっぱなしでした。
そう、中国でぼくたちがレコーディングをしたことも伝えておかなければいけませんね。

東京を発つ前の夜に思いついたメロディを、こちらで少し膨らませて、北京にあるスタジオで録音したのです。
北京の郊外(と言っても、市街地から車で2時間以上!)に、でっかい倉庫を改装した素敵なインディーレコード会社があります。その同じ敷地内に、録音スタジオがあるのです。
入ってみると、アンプやドラムセットなど、良い機材がいっぱい。そんな中でぼくたちは、とても新鮮な気分で新曲を録音しました。
そうそう、スタジオの中にはラモーンズのTシャツが飾られていて、それを見てぼくは、国は違えど、ロックキッズの魂は繋がっているんだなあ、と思った次第です。
今回の旅の中で読む最後の本になりそうなのが、コーマック・マッカーシーの『ブラッド・メリディアン』(早川書房)です。

この人が書いた『ザ・ロード』(早川書房)という小説は大好きで、好きすぎて文庫本をたくさん買って、知り合いに配ったくらいです。でもこちらは、購入してかなり時間が経ちますが、読み始める機会がなかったのです。
『ブラッド・メリディアン』は、開拓時代のアメリカ西部を舞台にしたハードなタッチのノワール小説です。
ゾッとする暴力描写も出てきますが、目に映ることしか描かないような徹底したリアリティは、恐怖や退屈の後ろ側にある、怖くなるような美しさに溢れています。
ひとりの少年の成長記でもあります。そして、人間という恐ろしい生き物の、血塗られたドキュメンタリーでもあります。
ぼくはこの本を読んで、小説というものは虚構の物語にもかかわらず、読者の心に、本当に見てきた風景よりも鮮烈な記憶を残すのだと思い知りました。
それは、うっすらと血が滲む、癒えることのない傷のようにも思えます。
そしてぼくたちの心には、そんな虚構のお話を受け止め、信じながら追体験する力があるようです。
昔から、読む本は、ルポルタージュやノンフィクション、新書などよりも小説が圧倒的に多いのは、物語を信じるという自分の心を試したいと思うからです。
『ブラッド・メリディアン』に流れる、知らないうちに理由も、目的も、なくなってしまう旅の風情と、相も変わらず、だらだらと続いていくぼくたちの日常とが、時々ふと繋がる瞬間があり、手に汗を握りながら読み終えました。
さて、いよいよ、ツアー最後のライブ。思い残すことが一切ないように、完全燃焼したいと思います。
もし、終演後ステージに燃え殻が残っていたら、それはあなたへのおみやげとして持って帰りましょう。
それでは、東京で。

*この連載を読んでくださり、どうもありがとうございます。
この中国読書日記は、2025年7月に行われた「Sunny Day Service 2025 Tour 中国公演」をベースに書きましたが、実際のツアー行程とはすこし異なる部分もあります。そのあたりは、手紙という体裁とともにプチ・フィクションとして受け取っていただけると幸いです。
また、最終回で触れられる「中国でレコーディングした曲」は、帰国後に完成し、無事ぼくらの最新アルバム『サニービート』(2025年)に収録されました。「ジミー」という曲です。よかったら聴いてみてくださいね。
それでは、また。
ミュージシャン 曽我部 恵一






























