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どんな音楽も、悪いものなんてひとつもない。音楽評論家・湯浅学さんが教えてくれたこと。写真と文:曽我部恵一 (ミュージシャン) #3October 23, 2025
前略
中国・杭州(コウシュウ)の街に着いたのはもう夜遅くで(中国の飛行機は、日本よりも遅延がダイナミック!)、しとしと雨が降っていました。
それでもホテルの周りを散策してみると、古い建物を改装したかわいいショップが入っていたりして、なんだかおしゃれな感じでした(ちょっと、昔の『同潤会アパート』を思い出したのでした)。
先日のライブもとっても盛り上がりました。

中国のお客さんたちは、みんな一緒に歌ってくれたりして、ぼくはすごく嬉しい。ライブが終わった後には机を並べてサイン会を行うのですが、日本語を勉強してメッセージを伝えてくれる人も多く、感動してしまいます。
ぼくは中国語をこれっぽっちも喋れないというのに。
ジョン・レノンは、国境なんてないって、想像してみなよと問いかけました。
しかし、国境は厳然として存在しています。そしてそれを取り巻く紛争も。
音楽という、国境も何も楽々と超えていけるものにしがみついて、ぼくはこれからもいろんな国に行って、知らなかった、文化も全然違う人たちの前で歌ってみたいと思うのです。寛容と理解をともにして。
今夜はこの本をずっと読んでいます。
湯浅学さんの『音楽を迎えにゆく』と『音楽が降りてくる』(ともに河出書房新社)。湯浅さんは、ぼくが心から尊敬する音楽評論家で、この二冊は彼の評論などをまとめた本です。

湯浅さんと最初に会ったのは、’90年代の半ば。雑誌のインタビューでした。
若い頃から彼の文章が好きだったぼくは、そのインタビューに若干緊張して臨んだのですが、湯浅さんは「新しいギターとかエフェクターを買うと、曲ができるよね〜」などと、喫茶店での会話のような音楽談義をしてくれて、これでインタビューが成立するのかな……と心配しながらも、とっても楽しい時間を過ごしたのでした。
湯浅さんはいわゆる音楽評論家とは違い、それこそ“音楽を迎えにゆく人”という印象があります。そして、音楽に出合い、他愛のない茶飲み話を繰り広げるのかもしれません。しかし、彼の音楽との邂逅を描く、語り口の素敵さといったら!
湯浅さんが書くことで、その音楽がさらに好きになってしまうようなことが何度もありました。
どんな音楽も、悪いものなんてひとつもないと、湯浅さんは言います。
たしかにそうなのかもしれません。それは音楽に限らず。
ちゃんと迎えに行って、ちゃんと出合えさえしたら、ぼくらはどんな対象だって理解することができるのかも。
異なる文化や歴史を乗り越える、ひとつの鍵もそんなところにあるのかもしれない、と今夜ちょっと思ったのでした。
それでは、また。
ミュージシャン 曽我部 恵一
