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長野県で感じた、心地よい運転マナー。写真と文:仁科勝介 (写真家) #4September 24, 2025
スーパーカブで日本各地を旅し、訪れた町はおよそ3,500。そこで感じたのは、一億人という人口の果てしなさです。これから人口は減っていくばかりでしょうが、いかに一億人という数が膨大で、自分が生涯のうちに関わる人が僅かであるか、ということをしみじみと実感します。

それは土地という側面においても同じです。毎日どれだけ旅を続けても、日本のすべてを知ることは到底できません。ひるがえせば、生まれ故郷だったり、進学先や勤務地だったり、自分が関わりを持つ土地と、目に見えない何かによって繋がっていることを、感じざるを得ません。
だからこそ、「日本を旅するなかで見つけた心地よい場所」というお題も、普遍的に語ることはできず、どうしても個人的なものになってしまいます。
「個人的な心地よい場所」というものを振り返っていた際、ふと、スーパーカブを運転していた時のことを思い出しました。
かれこれ、同じスーパーカブに乗って国内を約10万キロ、地球2周分以上を走ってきました。だんだんと加速力も落ち、スピードもそれほど出さないようにして、一車線なら常に近づいてきた後続車に会釈をして追い抜いてもらったり、それが難しければ路肩に一時停止して、先に進んでもらったり、安全第一の運転を心がけていました。
そういう時間のなかで、どの都道府県が一番走りやすかったかといえば、それは長野県です。広大な面積だからスピードを出す車が多いのかと思いきや、そんなことはありません。もはやゆったり、速度を守って走る車が圧倒的に多かった。それに、信号のない横断歩道でも、誰かが待っているとスッと当然のように一時停車します。ああ、あたりまえだけど素敵だ。

極めつけは、長野市の山間部を走行中に、カブの振動でナビ代わりのスマホが道路に落ちてしまった時。10万キロを走るなかで、こんなことがあったのはその時だけです。スマホが道路に落ちた瞬間、最悪の事態を想像しました。後続車によってバキバキに踏まれたスマホ。もしくはスマホを避けようとした車に迷惑をかけてしまうこと。
悲しみの気持ちで振り返ると、後続車はなんとそのまま一時停車して、私がスマホを回収するのを待ってくれていたのです。一車線でやや渋滞気味にはなったものの、後続車は誰もクラクションを鳴らさない。スマホを無事に拾い、路肩に避けてからの私は、ただ頭を下げてお詫びとお礼をするしかありませんでした。
もし自分が逆の立場なら、咄嗟に同じ判断ができただろうか? と考えます。いや、もしかしたら同じ判断はできなかったかもしれません。長野県の運転マナーは、相手のことを思いやるやさしさが詰まっていて、返したい恩をもらった気がします。心地よい運転を受け取ると、自分もそうありたいと、しみじみ思うばかりです。
edit:Sayuri Otobe
写真家 仁科 勝介
