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おいしいものが循環する、福島・三春町の小さな輪。写真と文:長谷川 ちえ (『in-kyo』店主、エッセイスト) #3September 16, 2025

仕事が終わって家に帰ると、玄関前に何かが置いてあることがたびたびあります。

それは宅配便などの荷物ではなく、大抵はビニール袋やフタをしていない段ボール箱。中身は、夏ならピカピカのトマトやきゅうり、ブルーベリー、冬なら立派な姿の大根や白菜など、採れたての新鮮な野菜がたっぷり入っているのです。そこには名前も書いてなければ、メモ紙も添えられていません。

木の大鉢に盛った、いただきものの夏野菜。どこか誇らし気な姿はピカピカ。おいしいものが循環する、小さな輪。福島・三春町での移住暮らし。写真と文:長谷川 ちえ (『in-kyo』店主、エッセイスト) #3 | 木の大鉢に盛った、いただきものの夏野菜。どこか誇らしげな姿はピカピカ。
木の大鉢に盛った、いただきものの夏野菜。どこか誇らしげな姿はピカピカ。
近所の先輩のお宅では家庭菜園でこの量の3~4倍収穫できたそう。10粒採れたと言って喜んでいた私だが…。おいしいものが循環する、小さな輪。福島・三春町での移住暮らし。写真と文:長谷川 ちえ (『in-kyo』店主、エッセイスト) #3 | 近所の先輩のお宅では、家庭菜園でこの量の3~4倍も収穫できるのだそう。10粒採れたと言って喜んでいた私だが……。
近所の先輩のお宅では、家庭菜園でこの量の3~4倍も収穫できるのだそう。10粒採れたと言って喜んでいた私だが……。

福島・三春に移住をして間もない頃は、集合住宅に住んでいたので、こうしたこともなかったのですが、数年前に古い平屋をリノベーションし、そこで暮らすようになってから、“置き配”のごとく、近所の方から季節の恵みをいただくようになったのです。

初めは、“置き配”システムやその量にびっくりしていましたが、今ではすっかり慣れっこに。「あの人からかな?」と予想を立てていると、電話かメッセージが届いて「やっぱり当たった!」とか、「おっと、今回はあの方だったのか」と答え合わせをするくらいになりました。

置き配ではないけれど、毎年のようにいただく可愛い小ぶりの柚子。ジャムにしたり、料理に使ったり 、冬至の頃にはお風呂にチャポンと入れて。部屋に置いておくだけでもいい香り。おいしいものが循環する、小さな輪。福島・三春町での移住暮らし。写真と文:長谷川 ちえ (『in-kyo』店主、エッセイスト) #3
“置き配”ではないけれど、毎年のようにいただく可愛い小ぶりの柚子。ジャムにしたり、料理に使ったり 、冬至の頃にはお風呂にチャポンと入れて。部屋に置いておくだけでもいい香り。

旬の野菜は、さっきまですぐ近くの畑にいたので、ピンピンと元気なのは当たり前。それに加えて、健やかな姿は育てた方たちのお人柄そのもので、やさしさが身体に染みわたるようなおいしさなのです。

当初は、その太っ腹な量をどう料理をしたらいいか戸惑いましたが、今では逆に「よしっ!」と、気合いを入れて腕まくりするまでに。この数年で、保存食や、大量の食材をおいしく消費するためのレパートリーもずいぶんと増えた気がします。

いただいたミニトマトを、セミドライトマトにしてオリーブオイル漬けに。もっとこなれておいしく作れるように、今は自主練中。おいしいものが循環する、小さな輪。福島・三春町での移住暮らし。写真と文:長谷川 ちえ (『in-kyo』店主、エッセイスト) #3
いただいたミニトマトを、セミドライトマトにしてオリーブオイル漬けに。もっとこなれておいしく作れるように、今は自主練中。

そんな素敵な“置き配”をしてくださる人生の先輩方は、「たくさん採れたから食べるのを手伝って!」など、こちらへの気遣いの言葉ひとつとっても洒落ているのです。私もそれに倣って、お菓子や果物を軽やかにお返し。おいしいものがグルグルと循環していて、その小さな輪の中に加えてもらえることが心から嬉しい。

最近は、自分でも野菜やハーブを庭で育て始めたのですが、まだまだ人に差し上げるほどの出来とはいえません。けれども少しずつ真似事をしながら、いつかはソースやピクルス、ジャムやお茶などの加工品にして、お返しやギフトとして“置き配”にできたらと、小さな野望を抱いています。

ほかにも、『in-kyo』や自宅の部屋に飾る草花を、季節ごとに庭で育てられたらいいなと。この春に用意した養蜂箱にはミツバチは入らなかったけれど、「来年こそは!」とささやかな夢も。プチギフトにする予定の加工品には、ハーブだけで作った小さなブーケを添えた姿を想像して。

年末が近づくとKさんが、たわわに実をつけた南天の枝を届けてくれる。それを『in-kyo』の入口に活けて年越しをするのがここ数年の恒例となっている。たとえ難があっても転じてくれると願って。おいしいものが循環する、小さな輪。福島・三春町での移住暮らし。写真と文:長谷川 ちえ (『in-kyo』店主、エッセイスト) #3
年末が近づくとKさんが、たわわに実をつけた南天の枝を届けてくれる。それを『in-kyo』の入口に活けて年越しをするのがここ数年の恒例となっている。たとえ、難があっても転じてくれると願って。

そんなふうに野望と妄想で頭をいっぱいにしています。けれど実際は、夏の草刈りに追われたり、種を撒いてやっと芽を出した苗が、虫や鳥に食べられてしまったり。亀の歩みのような庭仕事ですが、この先10年も続けたら、ずいぶんと違ってくるのではないでしょうか。夢は、アメリカの絵本作家、ターシャ・テューダーの庭のように……なんて。今は実験と思って、面白がっているのです。

edit:Sayuri Otobe


『in-kyo』店主、エッセイスト 長谷川 ちえ

長谷川ちえ
はせがわ・ちえ/1969年千葉県生まれ。2007年に東京・蔵前のアノニマ・スタジオの一角で、生活道具の店『in-kyo』をオープン。その後同じ台東区の駒形に移転し、2016年に福島県三春町へ移住。10年目を迎える。

instagram.com/miharuno.inkyo

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