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福島・三春町に移住して。写真と文:長谷川 ちえ (『in-kyo』店主、エッセイスト) #1September 02, 2025
東京から福島県の三春町へ移住をして、気づけば9年目。来年で丸10年を迎えます。とは言っても、「そんなに経っていたなんて!」とあまり実感はなく、どこか他人事のような気がするのが本当のところ。まだまだ“三春素人”というか、移住したばかりの頃の感覚が残っているというか。でも最近は、それも案外いいことなのでは? と思ってもいるのです。

そもそも移住をしたのは、東京から福島にUターンをした夫との結婚がきっかけでした。となると、大抵は「ご主人は三春町の出身なんですか?」と聞かれるのですが、夫の故郷は福島ではあるものの、実はふたりとも三春町には縁もゆかりもなく、たまたまといえば、たまたま。夫の仕事場が福島・郡山市だったので、車で通勤がしやすい地域という具体的な条件はあったものの、住む場所を決めるうえでお互いが最も優先したのは、「土の近くで暮らしたい」。なんともざっくりとしたものでしたが、それは外すことができない条件でした。そうしてエリアを絞り込み、住む場所と私のお店『in-kyo』の移転先の物件を探し始めると、スルスルと何かに引き寄せられるように三春という町と人に繋がっていったのです。
その頃、知人を介して出会ったのが、今も変わらず大変お世話になっているKさんでした。知り合いからの紹介とはいえ、どこの馬の骨かもわからない私たちの物件探しに付き合っていただいたうえに、ご自宅へも招いてくださって。
あれは夏の始まりの頃だったでしょうか。奥さまが、突然訪ねてきた私たちに嫌な顔ひとつせず、家事の手を止め、スイカと「三ツ矢サイダー」をお盆にのせて運んでくださったのが、ついこの間のことのようです。すっきりと整った畳の居間を、扇風機の風がゆるやかに流れていき……。物件を探しに来ていることを一瞬忘れてしまうほどの居心地の良さでした。居間から望む景色は、眩しいほど緑豊かな夏山の風景が広がっていて。まるで、夏休みに親戚の家に遊びに来たかのような懐かしい錯覚に陥るほど、ぼんやりしてしまったことを覚えています。

「人は毎日美しいと思う景色を目にしながら暮らした方がいいと思うんです。私はここで山に沈む夕陽を見て、『あぁ、今日もきれいだったなぁ』と思いながら過ごしているんですよ」
Kさんの言葉は、今でも私たちの暮らしに大きな影響を与え続けています。
まだこの時は物件も何も見つけられずにいましたが、Kさんご夫妻とのこの日のことは、住まいとお店を三春町にしようと決める大きなきっかけになりました。
「土=自然」。その近くで暮らし、日々目にする自然に心を動かし、感謝すること。何年経っても初めて目にしたときのような心持ちで慣れずにいたい。人と町に馴染んでいくことはもちろん大切にしながらも、いつまでも“三春素人”でいたいのはそんな理由があるからなのです。
edit:Sayuri Otobe
『in-kyo』店主、エッセイスト 長谷川 ちえ
