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夜を静かに照らす間接照明「ツェッツル」。写真と文:村上章裕 (『水尾之路』店主) #2August 13, 2025

幼少期、夜間に目覚めてお手洗へ行くのが、とにかく怖くて仕方がなかった私。布団の中で尿意に抵抗するのですが、やがて観念し、隣で眠る祖父を揺り起こすことになるのです。

勝手に想像力を掻き立てる暗闇は、得体の知れない領域であり、だからこそ私をこちら側へと引き戻してくれる照明は、明るいほど良いと思い込んでいました。

そんな「明るさ」に違和感を覚えたのは、初めてひとり暮らしをするようになった学生時代。

新品に付け替えた蛍光灯は、なぜだか寂しさを隅々まで照らして、何とはなしにつまらないこの生活を、正確に見せつけてくるのでした。

社会人となった私は、引越しと年齢を重ねるにつれて、少しずつ間接照明を買い足していったのです。

決して広くはない都会での居住空間に、光と影の曖昧さをまとわせることで、理想と現実の乖離をその都度補っていたように思います。

夜を静かに照らす間接照明「ツェッツル」。写真と文:村上章裕 (『水尾之路』店主) #2

こちらは、ドイツの照明デザイナー、インゴ・マウラーによる「ツェッツル」。二階の二間に、それぞれ一灯ずつ吊るしています。

「ツェッツル」は私が某フレンチカジュアルブランドで働いていた頃に、店舗備品として出合ったものです。

コレクションごとに、デザイナー自身が撮影したフォトプリントをダブルクリップで吊り下げ、店内を彩っていました。

店舗運営の仕事に就いていた私は、リニューアルや退店の際に、廃棄処分となるこの照明を、金沢と横浜からそれぞれ自宅へと大事に連れて帰ったのです。

夜を静かに照らす間接照明「ツェッツル」。写真と文:村上章裕 (『水尾之路』店主) #2
夜を静かに照らす間接照明「ツェッツル」。写真と文:村上章裕 (『水尾之路』店主) #2

今は客室に用いているので、夜間に私たちが楽しむことは無くなりましたが、今宵も宿泊されるお客さまの頭上で、静かに灯っております。

そうそう、小学生以降は、無事ひとりで夜間のお手洗へと行けるようになった旨、付け加えさせてくださいませ。

edit : Sayuri Otobe


『水尾之路』店主 村上 章裕

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むらかみ・あきひろ/広島県尾道市出身。大学卒業後アパレルブランドの店舗運営などを経て、2017年に地元尾道市でカフェ・1組限定宿『水尾之路』を開業。

instagram.com/mionomichi

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