名著を読み解く、大人の読書感想文。
名著を読み解く、大人の読書感想文。課題図書/『君たちはどう生きるか』 文/轟木節子Book Review 4 / December 25, 2020
誰もが取り組んだ学校の宿題といえば読書感想文。様々な経験を積み重ねた大人が、改めて名著に対峙するとき、どんな感想を抱くのだろうか。教科書に掲載されるほどのタイトルを課題図書に、5人が新たな視点で自由に感想を綴った。
課題図書
『君たちはどう生きるか』
吉野源三郎 著 マガジンハウス
中学生の主人公・コペル君は友人たちとの交流の中で自分の考えを深めていくが、その中で自分の弱さと向き合い、打ちのめされてしまう。彼を見守る叔父さんに激励され、精神的に成熟していく物語。
文/轟木節子 Setsuko Todorokii
スタイリスト
1972年熊本県生まれ。シンプルな中にスパイスの効いたスタイリングが人気で、雑誌や広告などで幅広く活躍。〈OLU NATURAL BASIC〉の監修のほか、〈ほぼ日〉では〈轟木節子がつくる、気持ちのいい服。〉を展開中。
それでよし。それでよし
どこからともなく、そんな声が微かに聞こえてくるような気がする。「それでよし。それでよし」。この本からもらった、心が次第に澄んでゆく、静かで心強い言葉だ。自分の心を包み隠さず、素直に解き放てたときにそれは聞こえてくるのだろう。
主人公は、好奇心旺盛で面白い発想を持つ中学2年生のコペル君。その気質を伸ばすべく、広く深い視野でものごとを考え、自分の本心を大事にするようにと教える叔父さん。この2人のやりとりを軸に物語は進む。
はじめは、昭和初期の東京の空気感に触れたり、中学生の心の動きを感じたりすることが心地よくて、のんびり読み進めていた。しかし中盤を過ぎて、いつもきらきらしていたコペル君の心を重く曇らせることが起きる。
友達3人と交わしたある堅い約束を、コペル君は勇気を出せず、臆病になり、守れなかったのだ。深く悔やみ、言い訳を考えて自分を守ろうとしたり、悩んだあげく、ついには床に伏せてしまう。
やっとの思いでその苦しみを叔父さんに告白すると、約束を守れなかった友達に今の思いを手紙で伝えることを提案される。心のままに、そして重たい気持ちをいつまでも持ち越すな、と。
叔父さんの言葉に私も賛成だ。心がモヤッとしたときは、その感情をシュッと手放すようなイメージをしている。溜め込まず、心を軽く。ある友人が21歳の息子に「グーでなくパー」と伝えている話を思い出す。「手をぎゅっと握っていても、新しいことは入ってこない。何かを握りしめるより、手の平を広げて」と。思い悩むコペル君は、心にあれこれ抱え、手をぎゅっと結んでいるように見える。
ついに筆をとったコペル君は、思いを書き綴る。そして手紙を出すと、張り詰めていたものが緩んでいき、「それでよし。それでよし」とコペル君には聞こえた気がした。
そう、この気持ち。素直なままを表せたコペル君が嬉しかった。
わたしは今までどう生きてきたか? 概ね心健やかに生きてきたと思うが、目の前にいる人が私をどう思うかが気になる時分も長く、弱さも抱えていたと思う。だが、近頃は軽やかだ。思ったことは伝える。
なぜか最近、「素直」という言葉が自分の心に響く。人に対する素直さだけでなくて、「自分の本心に正直なことも素直だ」と。それがわかってきたタイミングでこの本を読むと、以前読んだときと、聞こえてくる言葉、本と自分が交わす言葉が変わってくる。
本棚にある『君たちはどう生きるか』という背表紙の問いには「はい! 素直に今を生きていますよ」と答える。「それでよし。それでよし」という言葉が心に広がっていくようで心地よい。
illustration:Shapre edit : Seika Yajima
※『&Premium』No. 70 2019年10月号「あの人が、もう一度読みたい本」より