音楽家・青葉市子×写真家・小林光大が紡ぐ、旅と日々の記憶。Choe「stardust」 | Column | & Premium (アンド プレミアム)

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September 12, 2020 音楽家・青葉市子×写真家・小林光大が紡ぐ、旅と日々の記憶。Choe「stardust」

クラシックギターを片手に国内外を旅する音楽家の青葉市子さん。各地でインスピレーションを汲み上げながら、日々、言葉と音楽を紡いでいます。その旅に同行し風景を切り取っているのが、写真家の小林光大さん。日々の生活に戻っても、互いの存在と作品は呼応し合い、ときには小林さんの写真を通して青葉さんが創作することも。

この連載では、旅と日常とまたぎながら2人が生み出したものを「Choe」と名付け、青葉さんのエッセイと音楽、小林さんの写真を交えながらお届けします。

プレーヤーの再生ボタンを押して、音楽に耳を傾けながらご覧ください。

 

stardust

 

 

私たちは、再び長野にいた。
リフレインした夢の中のような、霧の景色。朝がやってくる少し前の静けさ。蛙と虫が森を満たして鳴いている。

「あ、狐」
「この間の」

見覚えのある、先の白いふわふわした尻尾が暗闇に揺れていた。

朝露を吸って重くなったワンピースは、だんだんと霧の草原に私の足を沈め、初めからここに生えている木であるかのような気持ちにさせた。途端、身体がはじけて駆け出した。走りたい。霧の美しい草原で、定点の木になって風を浴びるのもいいけれど、私は、まだ2本の足で走っていたい。かかとから青い光が噴き出していた。まるで彗星のように。

 

崖の上にある社殿から川を見下ろす。
佐久市、望月。日が昇って、あたりはお天道様の光でいっぱいのはずなのに、お月様の気配が満ち満ちている。近くにいる、というよりは、ここが月面のような力。やしろを覗くとたくさんのお稲荷さまがいた。

 

ミントちゃん。いつからか、ふと近くにいる、ミントちゃんは画家のアシスタントや演劇のツアーの運転手などなんでもできる多才な方。私のコンサートの現場でも、幾度もサポートしていただいたり、アイスランド公演の時もぽんと現れて、その行動力にびっくりしたものです。今回も、出発の数時間前のお誘いだったにも関わらず、二つ返事でご一緒してくださいました。

うれしくて飛び跳ねる。
微笑み合う。

「私たちって、星のちりなの?」

 
 
 

私たち3人を迎えてくださったのは、農業を営んでいるこじょうゆうやさんと、イラストレーターの小城弓子さん。
森の中、落ち葉や乾燥した枝を集めて、火を起こす。茣蓙を敷いて、採れたてのレタスとズッキーニを湧水で洗って、ズッキーニは輪切りに。断面から吹き出してくる水の玉は元気いっぱい「こんにちはー!」と声が聞こえて来そう。小さなフライパンに並べて塩を振って、火が通ったら、チーズを乗せて、レタスに包んで食べる。土から吸い上げた雨や太陽の栄養が、どんどん身体に浸透していくのがわかる。

 
 
 

シャッターの音がした。小さな蛙と向き合って写真機を構えている小林さんは、人のはずなのだが、蛙にも見えた。さっきまで蛙だった生き物は、ほんの少し人の気配を交えて、草叢へと飛び込んでいった。行ってしまった、と思った。シャッターを押すごとに、少しずつそこにある風景や生命と命の交換をしているとしたら、小林さんは常に、ゆっくりと小林さんを辞めている。今さっきまで話していたことを、はたして彼は覚えているのだろうか。覚えていたとして、それは誰なのだろう。

 
 
 

こぽこぽと、様々なかたちの湯呑みに白湯が注がれる。弓子さんが摘んできてくださったヨモギとお花を浮かべて、立ちのぼる穏やかな香りに包まれながら、日々のおまじないについて考えていた。弓子さんの通るところには、おまじないが溢れている。願いがかたちを持って、世界とおまじないのやりとりをする。些細な仕草や行動のなかには願いがあること。その願いたちに、どれだけ気づいてあげられるだろう。無意識に見たり触れたりしている世界は、こちらが求めたものというよりは、もっと前に求めていた願いへの、世界からの返答なのだということ。

 
 
 

どうして私たち、別々に生まれて来たんだろう。
愛しい星のちりたち。

 
 

つづく

 

 

music & text:Ichiko Aoba photo:Kodai Kobayashi