TRAVEL あの町で。
MBSアナウンサー・福島暢啓さんが、”ヨソさん”の視点で綴る京都の話。August 01, 2023
本誌連載「&Kyoto」で毎月、京都ラバーたちが寄稿するコラム「ヨソさんの京都」。京都人ではないけれど、京都が大好きな人がお気に入りスポットについて綴ります。
今月のヨソさん
福島暢啓さん(MBSアナウンサー)
"ヨソさん" in Kyoto。
京都に身を置いた大学時代、最初に 「京都に住んでいるなあ」と実感したのは、手紙を出した時だった。封筒の裏に書く自宅の住所は、他所から来た私にとってあまりに異質だった。京都の住所は長い。京都市役所の住所は「京都市中京区寺町通御池上る上本能寺前町488番地」。やはり長い。なぜ長いのかと言えば、「寺町通御池上る」と、通りの名が入るからである。条坊制に則って形成された京都では、北を上として縦横の通りで座標を決定し、その地点から、南北どちらに行くのか(上る・下る)、東西のどちらに進むのか(東入ル・西入ル)で場所を特定するという、数学の授業で習った関数グラフのように住所を表すのだ。「京都は分かりやすいやろ? 碁盤の目やから」と地元の人たちは言うが、入り組んだ細かな道(辻子/ずし)もあるので、正直慣れるのには少し時間がかかった。
京都の町に欠かせない建物といえば町家である。木造瓦屋根の町家の並びは、いかにも京都らしい景色だ。その町家の柱に、長い町名を記した琺瑯看板が張られているのをよく目にする。下にはヒゲの男性の絵と「仁丹」の文字。銀粒の清涼剤、森下仁丹の広告を兼ねた町名表示板は、京都の景観の重要なアイテムとなっている。しかし、なぜこんな表示が必要なのか。それは、町の名を知らない訪問者や移住者が多いためだ。明治の末頃に出現した町名表示板は、私のように他所から来た人々の声から生まれたものなのである。「京都人」を自任している人も、話を聞くとお祖父さんの代で京都に住み始めたということはよくある。あえて言おう。京都は「ヨソさんの街」なのだ。排他的と言われる京都の町で、「あ、自分もここにいていいんだ」と思える看板は、"ヨソさん"の心の支えである。
illustration : Junichi Koka
*『アンドプレミアム』2023年9月号より。