MOVIE 私の好きな、あの映画。
極私的・偏愛映画論『ありがとう、トニ・エルドマン』選・文 / 上杉浩子(〈hou homespun〉織物作家) / December 26, 2019
This Month Theme心温まる交流に胸が熱くなる。
時を経て気が付いた、寄り添い、見守ってくれていた父の愛情。
いつの頃からだろう。父親の存在を疎ましいと思うようになったのは。
諦めかけていた頃にできたひとり娘の私に、父はありあまるほどの愛情を注いでくれた。とはいえ、思春期を過ぎた頃からはそんな父の気持ちを素直に受け止められず、つい意地悪な態度で返してしまうこともしばしばだった。
しかし、そこでへこたれないのがまた父親と言うもので、たまに会えば、ありとあらゆることを心配し、世話を焼きたがる。ありがたいどころか、正直うっとうしく、父との会話は減る一方だった。
『ありがとう、トニ・エルドマン』の主人公親娘の関係も我が家と似たり寄ったりだ。ところかまわず冴えない親父ギャグを連発するヴィンフリートには、故郷ドイツを離れルーマニアの首都ブカレストでバリバリのキャリウーマンとして働くイネスというひとり娘がいる。
久しぶりに帰省したイネスは、彼女のために集まった家族をよそに仕事の電話に追われている。そんな彼女を心配したヴィンフリートは後日、何の前触れもなくイネスのオフィスを訪ねる。そこで目にしたのは、高級ブランドに身を包み、誰もがうらやむポジションを手に入れながら、えげつないセックスやドラッグでストレスを発散し自暴自棄に暮らす娘の姿だった。笑顔ひとつ見せないイネスに「お前は幸せか? 生き生きと暮らしているのか?」と父が詰め寄れば、「パパにとって生きる意味って何なの?」と逆ギレする娘。
結局、わだかまりを残したままドイツへ帰るヴィンフリート。ようやく日常が戻ったと思ったのもつかの間、イネスのオフィスにまたもや珍客が現れる。出っ歯の入れ歯にロン毛のカツラをかぶり「トニ・エルドマン」と名乗る男……それは、ついさっき見送ったはずの父親だった!
終盤、ヴィンフリートの弾くピアノに合わせてイネスがホイットニー・ヒューストンの名曲「Greatest Love Of All」を歌い上げるシーンには、いつも涙が止まらなくなる。
“自分自身を愛せるようになろう。それが何より素晴らしい愛。愛が君を力づけてくれる”。声を張り上げ歌うイネスはこの瞬間、いつもそばに寄り添い見守ってくれる父の愛に気付く。そして、いつの間にか愛を感じることを忘れてしまうまで鈍化していた自分自身に。
先に掲げたイネスの問いにヴィンフリートが答えるラストシーンにも心を揺さぶられた。愛するものと過ごす些細な日常の一瞬一瞬が、どれだけの重みを持っているか。そして、「今日だけは笑えない」くらい落ちこんでいるヴィンフリートにイネスがとった行動は、今まで受け取る一方だった愛へのささやかなお返しにほかならない。
正直、2時間半近くある長尺のわりに劇的な展開もなければギャグもウザい、私史上最低レベルにゲスいラブシーンもある。それでも、このラストを観るたびに、父親に電話したくなってしまう。いつもならうっとうしいと思うような言葉にも笑って答えることができる。何歳になっても父にとって私は、たったひとりのかわいい小さな娘のままなのだ。だから、子どもの頃のように甘えればいい。トニ・エルドマンみたいな親父ギャグこそ言わないけど、不器用な言葉や態度は父なりの温かい愛の表現なのだから。
ちなみに本作品はハリウッドでリメイクされることになっているが、ヴィンフリート役に自ら名乗りを挙げたのは、引退状態のジャック・ニコルソンだった。いかにも彼が好きそうな役柄じゃないか! 『シャイニング』のパロディで場を凍らせてくれたりして……などと期待に胸膨らませていたら、なんと降板してしまったらしい。残念だなあ。