FASHION 自分の好きを身に付ける。
究極の日常着〈ザ・ロウ〉の軌跡をひもとく。Clothed in Silence with THE ROWMarch 19, 2024
その寡黙な服は、袖を通してはじめて、静かに語りだす。
春のアイテムを身に纏った5人のポートレートとともに、
スタイリスト・井伊百合子の言葉から〈THE ROW〉の軌跡をひもとく。
光を柔らかく受けるリネン100%のセットアップ。軽やかな着心地のジャケットは、着る人の個性を際立てるミニマルな仕立て。ハイウエストパンツはメンズウェアに着想を得たワイドなシルエット。ドライな風合いを生かしながら、裏地にシルクを使用して肌あたりは心地いい。
ジャケット¥438,900、パンツ¥185,900、Tシャツ¥97,900、シューズ ¥129,800
コットンとカシミアを独自の方法で混紡した生地は、オーバーサイズのフォルムとあいまって美しく風になびく。生地の表情が特に豊かに感じられるのは袖。肩が落ち、そこから曲線を描いてたわむ優美なシルエットは着物のよう。たっぷりと生地を用いているが、身に纏うと驚くほどに軽やかで日々に寄り添う春の羽織に。
コート¥658,900、シューズ¥196,900
薄曇りの春の空、あるいはシャーベットのような淡いブルーに染めあげた絹の糸を、端正な平織りに。きめこまかなシルク100%の生地は、着る人のさりげないしぐさに寄り添い、均質なテクスチャーに豊かな陰影を生み出す。襟からはくつろいだ気分がただよい、袖には繊細なギャザーが波打ち、しなやかなニュアンスを手元に添える。
シャツ¥218,900
アシンメトリーのブラックドレスに採用したのは、ウールとポリエステルの混紡生地。伸縮性があり、体の動きに柔軟にフィットするだけでなく、ツイストをしたような遊び心のあるパターンを躍動的に演出する。素材と形がともに影響し合うシックなドレスは軽量でしわになりづらく、旅へと向かう鞄に忍ばせたい。
ドレス¥394,900、シューズ¥170,500
細い糸を高密度に織りあげた日本製のギャバジンを使用したタキシードコート。中に着たのは着古した服が持つ柔和な風合いを表現したヴィンテージコットンのシャツドレス。マキシ丈の余白からフェミニンな気配を感じさせるが、肩のパッドや直線的なシルエットでハンサムな切れ味を併せ持つ。
コート¥1,008,700、ドレス¥262,900、シューズ¥215,600
Clothed in Silence with THE ROW
寡黙な服が、秘めている意志。
英国を代表するテーラリングの中心地、サヴィル・ロウ。この名はロンドンの中心部、メイフェアにある通りを指す。客の美意識や体つき、細かな要望に合わせて仕立てるビスポークテーラーが並ぶ。着る人を引き立てるのは、上質な生地を用いて、主張を抑えたアンダーステイトメントな服。完璧なフィットを求め、意向に忠実であろうとする姿勢。服と人、そして作り手の、親密でシンプルな関係性に感銘を受けたのがメアリー=ケイト・オルセンとアシュリー・オルセンである。
ふたりが〈ザ・ロウ〉を立ち上げたのは2006年。ファーストコレクションで発表したのはシンプルかつ完璧なTシャツだ。普段着に欠かせない肌着の背面にバックシームを1本通したが、ブランドタグは取り付けなかった。アイコニックなデザインを加えず、服と体の関係、ファブリックの端正な扱いにアイデンティティを託す。完璧を求め、服そのものに語らせる。この姿勢は当時から変わらない。
井伊百合子は、本企画でスタイリングを担当し、日々の生活や仕事を通し〈ザ・ロウ〉を着る人と出会い、自らも身に着けてきた。
「無口な服である、と思います。じっくりと話を聞き、ぽつりと発するひとことに、鋭さと優しさがあるような服。人にしても、表現にしても、そういうものに惹かれてきました。沈黙から情感や余韻を感じとる。寡黙な人が放つ言葉は、控えめ、という表現には内包しきれない強さもあるのではないでしょうか」
18年前にクリエイションの原点となったTシャツが体現していたファブリックへの探究心は今も尽きない。それが読み取れるのは、裏地である。脱ぎ着をする朝や夜のささやかな時間をはじめ、身に着けているあいだ、肌と裏地はじかに触れあう。そんな瞬間の積み重ねに、人は「着心地」を感じ取るだろう。
「丹念な裏地のつくりに気づくと嬉しくなります。それは外側への表現ではなく、私のほうへ向く作り手のはからいであるから。その行き届きが信頼に結びつくのです」
〈ザ・ロウ〉が多くのアイテムで裏地に用いているハボタイシルクは、柔らかく、あたたかみがあり、通気性がいい。ジャケットは肩が出るドレスや、半袖やタンクトップの上に羽織っても気持ちいい。さらに、たとえば、シャツドレスに付くポケットの内側にもシルクがあてられる。実用性がありながら、物の出し入れの動作でたびたび手に触れる部分だ。
視覚的な美しさだけではなく、皮膚感覚に訴える豊かさに妥協しない。その追求は、素材のみならず、パターン、ディテールの仕立てにも表れる。緊張感のあるシェイプのアイテムであっても、体を通したとき、のびやかな気持ちや動きに制約がかからないように微調整を重ね、技術を磨いてきた。快適でなければ、日常に寄り添い続けられない。
こうした〈ザ・ロウ〉のシビアな現代感覚を表現するのが「From bed to the evening」という言葉である。寝室に馴染むほどにリラックスができて、イブニングのエレガントな装いにもなる。朝の晴れやかな気分から黄昏時の詩的な探求まで、いかなるときも心地よく完璧を求める作り手による、カジュアルとフォーマルを行き来する服は、移りゆく時間や、多様なライフシーンに添い遂げるのだ。
こういったシームレスな思想は、2024年春のコレクションで掲げられたキーワード「Modern way shopping」にも繋がっていく。それは、女性の服、男性の服として割り当てられたカテゴリー、あるいは、ジェンダーレスな製品として作られているかどうかではなく、よりシンプルに、自分にフィットするものを軽やかな感性で選びとり、ワードローブを構築していくのが現代なのではないか、というアティチュードの提案である。ルックでも男女のルックを交互に見せ、垣根のない姿勢を表現した。最高の品質でありながら、常に、現代におけるリアリティと地続きであること。こうして究極の日常着は生み出される。
井伊百合子はこうも語る。
「多弁に語られることで導かれるわかりやすさを、そのままに受け取るのではなく、どう解釈して心の中に落とすのか。外からは見えない裏側の贅沢や細部のつくりを読み解き、思考し、自分なりの価値を見つけ出す物選びは何ものにも代え難い喜びが伴います」
無言で過ごす時間のなかで、信頼が育まれることがある。息が合う。長くスタンダードであり続けるのは、そんな服かもしれない。
●問合せ/ザ・ロウ / ザ・ロウ・ジャパン ☎03−4400−2656
photo : Yurie Nagashima styling : Yuriko E hair & make-up : Rumi Hirose model : Hiromi Yamamura (friday), Kai (Tateoka Office ), Yuko Ikema, Megumi Nakamura , Syuri Shimizu (Energy) text : Yoshikatsu Yamato