MOVIE 私の好きな、あの映画。
極私的・偏愛映画論『ヨーヨー・マと旅するシルクロード』選・文 / 中里花子(陶芸家) / April 25, 2020
This Month Themeひとり時間を過ごしたくなる。
創る、伝える、繋ぐ、芸術。
確かアイスランドに行く飛行機の中でこの映画を観たと記憶している。アイスランドは自分にとっては果てしなく未知の世界。同じ地球上にある国とはいえ、ほぼ「妖精の国」というイメージだった。なんだかとてつもなく遠いところへ行くのだなあ、という好奇心と緊張感を交えた想いを抱えていた時にこのドキュメンタリー映画に出会い、「地球は繋がっている」という満たされた気持ちにもなってしまい、不思議な時空を味わっていた。
世界的に名を誇るチェリスト、ヨーヨー・マ。彼はクラシックミュージックの垣根を越えて、東西の様々なジャンルのミュージシャンやアーティストと組んで音楽プロジェクトを結成する。その名は「シルクロード・アンサンブル」。かつて文化や商業の交易路として栄えたシルクロードに根付いた民族音楽などを発掘し、現代の息を吹き注ぎながら世界に音楽の文化遺産を発信する試みである。
『自分は何者なのか、そして自分がこの世に存在する意味をいつも考えている』とヨーヨー・マは語る。パブリックではいつも明るい笑顔で登場する彼も、実は人知れない孤独や空虚感を経験している人なのかもしれない。自分がこの地球上に生まれて来た意味はなんなのだろう、と真摯に向き合っているさまがこの一言で感じられた。
この物語はヨーヨー・マだけにスポットが当てられることはなく、様々な個性あるメンバーたちの背景を追う。政治情勢が不安定なイランを飛び出してもなお伝統を引き継ぐカマンチェ奏者。バッグパイプでロックバンドをやっていたスペイン・ガリシア育ちの女性や中国の文化革命から逃れるために、親からの助言で中国琵琶を選んだ人。みなそれぞれに波乱万丈な人生を送り、苦悩を抱えて来た人間だからこそ、人の心にまでも届く、深みのある音楽を奏でることが出来るのだろう。
音楽には言葉と違い国境がない。たとえ異文化のものでもトーンや脈動感は一瞬で伝わる。このプロジェクトに参加したメンバーたちは音楽を通して語り合い、自分たちの文化遺産を分け合い、互いを刺激しつつ成長していく。そしてそれぞれの要素を引き出しながら力強いアンサンブルが構成されている。どれが正しいとかどれが間違っている、ではなく、どれも等しく尊いのだ。中途半端に折り合いをつけた混ぜ合わせではなく、互いの特徴を尊重し合った融合には素晴らしい文化の発展に繋がる。今の世の中、同調圧力や異種に対する差別化が進んでいる気もするが、音楽から学べる要素も多くある気がする。
尺八奏者の梅崎康二郎は劇中でこうコメントする。
「芸術は様々な可能性を秘めている。可能性は希望につながる。そして希望こそ、私たちが正に必要としているものなんだ」。