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『グランド・ブダペスト・ホテル』選・文/福田里香(お菓子研究家) / December 19, 2015

This Month Themeお菓子が食べたくなる。

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福田里香(お菓子研究家)

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お菓子は誘惑の象徴です。

ウェス・アンダーソン監督の『グランド・ブタペスト・ホテル』は、山間の豪華なリゾートホテルで繰り広げる洒脱な殺人ミステリーです。時代は1930年代、ヨーロッパ東端にある架空の国ズブロフカ共和国が舞台。冒頭、謎の大富豪が若い小説家を二人だけの晩餐に招待します。食前酒に“ある銘柄のシャンパン”を抜いたのをきっかけに、富豪は自分の数奇な運命を語り出す……などと、まず導入からフード三昧。さらに、物語のマクガフィンとなるのは名画「リンゴを持つ少年」。画題のリンゴは誘惑や知恵のアイコンとして広く認知されているので、この絵画の争奪戦から目が離せません。

昔から「食べ物がタイトルの話」より「一見しただけでは食べ物が出るかどうかわからない話」のほうが好みです。いわゆる料理映画ではなく、アクションや恋愛、歴史、SFなどとカテゴライズされる映画にあくまでストーリーの流れの中で、演出として思いがけず登場するフードにいつもはっとさせられます。なぜなら、そこにこそ、食の真実が鮮やかに映し出されていることが多々あるからです。私にとって題材の本質が反転する数秒が映画鑑賞の醍醐味といってもいいでしょう。本作は間違いなくこの系譜の映画です。

映画に味わいを添えるのは、街一番の菓子店『MENDL’S』。独特の美しい色彩で知られるウェス・アンダーソン作品の中でも、水色のリボンを結んだピンクの菓子箱は白眉でした。その箱から現れるのが店の看板菓子「コーティザン・オウ・ショコラ」。ケーキが現れた途端、画面に「HOW TO MAKE MENDEL’S COURTESAN AU CHOCOLAT」と桃色の“スラブ”セリフの飾り文字が大きく浮き出る演出からも、かなりこだわった名付けなのだと思います。訳すと「娼婦風ショコラ」です。その蠱惑(こわく)的な可愛らしさといったらありません。ちなみにこのシュー生地を3段重ねにした菓子は映画のための架空のもので、元ネタはフランスの有名な古典菓子でシュー生地を2段重ねにした「修道女」の名を冠する「Religieuses(ルリジューズ)」だと思います。つまり2段重ねの「Religieuses=修道女」に目配せしながら、アイロニーを込めてさらに3段重ねに盛ったのが「Courtesan au Chocolat=娼婦風ショコラ」なのです。非常に意味深ですね。

本作におけるお菓子の役割は、誘惑の視覚化にほかなりません。甘いお菓子がチャンスを呼び、ピンチに陥れる。これほどお菓子の本質を示唆した映画も珍しいと思います。誠実なパティシエール、アガサが作る娼婦風ショコラが作中の誰に、どのような局面で、どんな食べられ方をするのかをぜひ“鑑味”してください。

illustration : Yu Nagaba
&Premium grand budapest hotel
スクリーンの寸法比率を変えることで、時間軸の1932年と1968年、1985年を表現した演出もお見逃しなく。
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Title
『グランド・ブダペスト・ホテル』
The Grand Budapest Hotel
Director
ウェス・アンダーソン
Screenwriter
ウェス・アンダーソン
Year
2013年
Running Time
100分
© 2013 Twentieth Century Fox

お菓子研究家 福田 里香

福岡県生まれ。武蔵野美術大学卒。菓子研究家として雑誌や書籍、商品プロデュースを中心に活躍。最新刊は『いちじく好きのためのレシピ』(文化出版局)。レシピ本に加え、独自のフード理論を展開するエッセイなど著書多数。『新しいサラダ』(KADOKAWA)、『フードを包む』 (柴田書店)、エッセイ集に『ゴロツキはいつも食卓を襲う フード理論とステレオタイプフード50』(太田出版)などがある。

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