MOVIE 私の好きな、あの映画。
極私的・偏愛映画論『ゴッドファーザー』選・文 / 藤原奈緒(料理家、エッセイスト) / December 25, 2022
This Month Themeワインが飲みたくなる。
初めて出合うワインを開けて、ゆっくりと観る愉しみ。
『ゴッドファーザー』を観ると、たまらなくワインが飲みたくなる。そんな記憶を頼りに観たら、こんなに美しい映画だったかしらとびっくりした。
冒頭の結婚式のシーンが好きだ。フルーツを浮かべたワインを水のように飲みながら、老若男女が歌って踊り、笑う。心をイタリアに宿す人びとの営みがドキュメンタリーのように自然で、なんだか涙が出そうになる。
わたしたちはいつかいなくなるから、ともに食べ、酒を飲み、歌って踊るのだろう。大戦の直後の世界で、彼らの稼業を思えば余計にそうかもしれない。
わたしが語るまでもなく、ゴッドファーザーは映画史に残るマフィア映画の傑作だ。シチリアからニューヨークに渡ったマフィアのドン・コルレオーネと家族の運命を描いている。目をそむけたくなるシーンもあるけれど、それで観ないとしたらもったいないほど神がかった作品だなぁ、と思う。
ドンがボスで、長兄ソニーが生きていた頃には食卓のシーンがたびたび出てきて、食卓にはピッチャーに入った軽めの赤ワイン。ときどき、コークやビール。古参のクレメンザが三男坊のマイケルに料理を教えるシーンもとてもいい。でも、家督をマイケルが握るようになってからは料理を作るどころか、食卓を囲むシーンもほぼない。身内に愛情を惜しまず、人々に広く尊敬されたドンと、冷徹な判断で勢力をゆるぎなくした一方で孤立していくマイケル。運命を象徴するようで示唆的だ。
もっとも、映画の中でマフィアの男たちが飲むのはもっと強いお酒が多い。スコッチかブランデーか、蒸留酒らしき茶色の液体と、ときおり小さなグラスで透明のリキュールをきゅっとあおる。
最近ワインがうまい、と引退したドンが言うシーンがある。これまでとてもそんな余裕はなかったのだろう。家庭は幸せか? お前に跡を継がせたくなかった。そんな言葉が続く、父と子の、静かでとても心に残るシーン。
ワインはきっと、時間とともに味わうもの。そういえば、監督のフランシス・フォード・コッポラはワイナリーを経営しているそうだ。いつもワインを送ってもらう馴染みの酒屋の彼や彼女に、この映画をイメージしたワインを頼んだらどんなセレクトが届くだろう?
折しも映画もクリスマスからニューイヤーの世界を描く。3時間近い作品には続きもあって、パート2がまたすばらしく面白い。初めて出合うワインを開けてゆっくりと味わいたい、そんな映画だと思う。