TALK あの人が語るベターライフ。
〈A.P.C.〉ジャン・トゥイトゥとデザイナー、ジェシカ・オグデンが語る、ものづくりに込める想いとこれから。November 24, 2023
〈A.P.C.〉のファウンダー、ジャン・トゥイトゥと、〈A.P.C. QUILTS〉としてコラボレーションを行なってきたデザイナーのジェシカ・オグデンによる対談が実現。2人の出会いからこれまでの協業について、クリエイションにおいて大切にしていること、そしてこれからについて話を聞いた。
想いや哲学を込めたものづくり。
ジェシカ・オグデン(以下ジェシカ):ジャンとの出会いは、共通の友人が私のパリのショールームに連れてきてくれたのがきっかけでした。そこで、私がつくっていたステンシルが印刷されたスカートを見て、興味を持ってくれたんですよね。
ジャン・トゥイトゥ(以下ジャン):プリーツの上に印刷を施し、それをスカートにするアイデアがとても面白いと感じたことをよく覚えています。
ジェシカ:その後、ジャンが〈A.P.C.〉の倉庫に残されていた生地を段ボールいっぱいに送ってきて、それを使ったキルトの製作を依頼してくれました。私はそれににプリントを施したり、何かを縫い付けたり。それが最初のコラボレーション。確か2010年のことです。
ジャン:毎月50ほどのアイテムをジェシカに送っていました。私のファッションにおいては、全てのプロセスが非常に抽象的なんです。なぜならデザインした後、それを工場に送ってプロダクトが出来上がってくるまでに3週間ほどかかり、その間は私にできることはほとんどない。一方でジェシカは、アイデアをすぐに形にできる。例えば今この場で、クッションにコーヒーをこぼして染みを作ってしまうようにね。そういう意味では、最初はジェシカに嫉妬していました。彼女のものづくりが魅力的に思えたんです。
ジェシカ:私にとってジャンの服づくりは、たくさんの知性を感じる背景をベースに、単なるデザインではなく哲学が込められている点が魅力的に映りました。例えばシンプルなジーンズだとしても、手に取ると非常によく考えられていることが分かる。服をつくるということは平面のデザイン以上に深く考えられたプロセスが必要で、そこに歴史や伝統へのリスペクトや、作り手の想いがめられているもの。その点で、私たちは同じクラフトマンシップを共有していると感じました。
ジャン:ジェシカが今言ったことは、〈A.P.C.〉が〈JW Anderson〉と行ったコラボレーションを例にすると分かりやすいでしょう。私は、ドイツ人アーティストのヨーゼフ・ボイスが行ったパフォーマンスから着想し、彼が1974年にアメリカを訪れた際に乗った救急車の写真をプリントしたTシャツを作りました。でもそれは単なるプリントTシャツではない。彼のパフォーマンス「Coyote: I like America and America likes me」では、画廊を金網で仕切り、その中でボイスはコヨーテとの無言の対話を繰り広げました。このアイテムを通して、ヨーゼフ・ボイスというアーティストの思想や哲学が、たとえ全ての人でなくても届けばいい、そう思ってデザインしたものです。そこに込めた想いや背景を届ける服作りがしたいと常々思っています。「隠されたメッセージ」が私は好きなんです。
クリエイションにおいて大切にしていること。
ジェシカ:美しい自然を目にしたときや、心を動かす様々な瞬間が訪れたときに、私のクリエイションが刺激されることがあります。最初は何も感じなかったものでも、あとからふっと心に湧き立ち、何年も経ってからその瞬間が自分にとって意味のあるものだったと気づくこともある。インスピレーションは自分の中から溢れ出るものだと思いますね。
ジャン:私は何かから瞬間的にインスピレーションを受けることは少ないですんです。キッチンを思い浮かべてください。例えばあなたのキッチンがしっかりと整頓され、良い道具が揃い、食材も十分にある。そうすればあなたはきっと良い料理をつくることができるでしょう。私のオフィスには「アイデア」と書いた大きな箱が置いてあり、例えば落書きをする中で100回に1度でも美しいものが描けたとき、心に響く言葉を耳にしたとき、それらをその箱に収めておくのです。そうした準備やコンディションが、良いクリエイションを生み出す。だから、今日何を着ているか、どんなものに囲まれて暮らしているか。ディテールの積み重ねがものづくり、ひいては人生にとって重要なのです。
ジェシカ:何かひとつのピースの作業をし続けなくてはいけないとき、一生懸命頑張って何度も何度もトライしたものよりも、時間かけずに作った最初のものが素晴らしいということもあります。ジャンのいうように準備は非常に大切なものですが、やりすぎて違うと思ったらやめてみることも選択肢のひとつ。それがものづくりの面白いところですね。
ジャン:南アフリカ出身のゴルファーに、90歳近くなった今もプレー続けるゲーリー・プレーヤーという人物がいます。彼の言葉に「The harder you work, the luckier you get(一生懸命努力すればするほど、運は味方する)」というのがあります。世の中には“ラッキー”は確実に存在していて、でもそれは何もしなければ転がり込んでくることはない。それは「Magic is not free」とも言い換えることができるでしょう。常に最高の準備をしてコンディションを整えておく。それは何事においても大切なことです。
これからの時代に、二人が目指すもの。
ジャン:世界はここ数年で大きく変化しました。かつてイタリア人の思想家、アントニオ・グラムシは、世の中を描写して“古い世界が終わりつつあるときに怪物が生まれる”と表現しましたが、今の社会はまさにそうで、60年代、70年代、80年代……には想像もできなかった良くないことも起きている。それは人々が読書をしなくなったことにも起因するのかもしれません。とはいえ、私たちにできることはこれからも変わらない。伝統的な形式や技法を理解しながらも、そこに自由な発想をプラスして、クリエイティブを人々の生活に届けていきたいと考えています。
ジェシカ:私の作品を見た友人の中には、「あなたのパターンはデジタルを使えばもっと簡単にできるのに」という人がいます。でも、そうしないことに確かな意味があると信じていて。自らの手でデザインし、ものづくりをすること。時代は変化しても、ここだけは変わらないというものも大切にしていきたいですね。
ジャン:ジェシカのキルトは、数学的で幾何学的なデザインに見えるため、みんなコンピューターを使えというんです。でも、完全なる規則性を持ったものではなく、人の手で作るからこその面白みがある。〈A.P.C.〉も理にかなったものづくりをしたいとは思っていません。
ジェシカ:そうやって作ったものが、みんなに手に取ってもらえるものになればいい。この前も、たまたま訪れた友人のBARの壁に私のキルトが飾られていて、暮らしに自然と溶け込んでいるのが嬉しかった。ジャンもそうでしょう?
ジャン:間違いなくそうですね。そういう存在でありたいと思います。
Jean Touitou (ジャン・トゥイトゥ)〈A.P.C.〉ファウンダー
1951年、チュニジア生まれ。9歳で家族と共にフランスへ移住し、ソルボンヌ大学で歴史学と地理学の学士号を取得。1977年、〈ケンゾー〉に参画し、パッキングから会計まで手がける。また、1979年にはニューヨークで 〈アニエス ベー〉のショップオープンに携わった。1987年に 〈A.P.C.〉 をスタートし、最初のコレクション「Hiver’87」を発表。1991年に海外初のショップを東京・代官山にオープンすると、その後世界各地にショップを展開していく。2008年、Judith Touitou (ジュディット・トゥイトゥ) と共にパリに〈A.P.C.〉の幼稚園 Ateliers de la Petite Enfance (APE) を開校。2022年、ブランドは35周年を迎えた。
Jessica Ogden (ジェシカ・オグデン)デザイナー
ジャマイカ出身デザイナー。ヴィンテージ・ファブリックに興味を持ち、1993年に立ち上げたブランドでは、レイヤー、ハンドプリント、刺繍の技術を用い、質感を大切にした現代的な作品を作り出し、1996年から2006年のロンドン・ファッションウィークでの型にとらわれないプレゼンテーションや、一点もののアイテムで世界的に注目をメディアから注目を浴び、現在に至る。現在は自身のブランドのコレクションを休止し、ロンドン、パリのスタジオを経て、ジャマイカで活動を続けている。
For Better Life
「ベターライフのために大切にしていることはありますか?」
&Premiumが大切にしている「Better Life(より良き日々)」。それを叶えるためのヒントをジャンとジェシカに聞いてみました。
ジャン・トゥイトゥ:どこへ行くにもおいしいコーヒーを欠かさないこと。例えそこが素晴らしい評価のホテルであっても、おいしいコーヒーが飲めなければ私にとって良い場所ではありません。あとは夏の間の数ヶ月を、シチリアとチュニジアの間に位置するパンテッレリーアにある別荘で過ごすこと。都市から離れてゆったりと過ごす時間を大切にしていますね。
ジェシカ・オグデン:自然の中で暮らすこと。海の近くで、愛する動物たちに囲まれて、心を穏やかにキープすること。それがクリエイションにも良い影響を与えてくれていると思います。
photo : Shota Matsushima