MOVIE 私の好きな、あの映画。
極私的・偏愛映画論『ウォルター少年と、夏の休日』選・文 / 苣木紀子(〈chisaki〉デザイナー) / February 25, 2021
This Month Theme言葉に力をもらえる。
大切なのは、自分が信じたいことを信じること。
原題は『SECONDHANDS LIONS』邦題は『ウォルター少年と、夏の休日』。日本語の表現では少年が主人公のようだが、私にとっては原題の方がしっくりくる。年老いたライオン(ウォルター少年の大伯父さんたち)が生き抜いてきた破天荒な人生を振り返りながら「大切なものはなにか」を教えてくれるという映画だ。
物語の舞台は1960年代初頭のテキサスの田舎町。
ロバート・デュバル演じる頑固で不器用なハブと、マイケル・ケイン演じる温厚で面倒見のいいガース兄弟が、ハーレイ・ジョエル・オスメント演じる孤独な少年ウォルターと一夏を過ごすことから始まる。
初めて会った大伯父さん達との暮らしはウォルターにとって驚きの連続。テレビも電話もない暮らしに加え、大金を持っているという噂を聞きつけて次々にやってくるセールスマンをライフル銃で威嚇射撃をして追い返したり、絡んできた若者と派手な喧嘩をしてあっさり勝ってしまったり、ライオンを動物園から買い取ったりと本当に破茶滅茶な二人。しかし行動を共にするようになり、そんなハブとガースに徐々に興味が湧いてきたウォルター。14歳の多感な少年は戸惑いながらも二人の大伯父さん達の若かりし頃のおとぎ話めいた武勇伝を聞くにつれ、目をキラキラさせながら心を弾ませていく。
見たことも聞いたこともない世界の話、信じたくてもにわかに信じ難い、非現実に思える話。これまで母親の身勝手な行動によって父親と別れ、孤児院に入っていた少年にとって、大人はどこか信じられない対象でもあったのだと思う。また信じることで期待する答えが得られなかった時に、傷つかないように深く信じることを放棄していたのかも知れない。
ある時、二人の過去について本当のことが知りたいウォルターは「あの話は本当なの?」と問います。
「本当に大切なことはそれが本当かどうかではなく、そうだと信じて生きていくことだ」大事なことは「信じたいことを信じること」とハブは言う。その瞬間、ウォルターの瞳の奥に確かな強い思いが芽生えたのだと思う。
言葉は発する人の持つ背景でその重みや到達点は変化する。大恋愛の末に大切な人を失い、それでもまだ愛を信じ求めているハブの言葉は、私にとっても説得力、浸透力のあるものだった。私は帽子をデザインする仕事を生業にしていて、作った帽子に対して、自分ではとてもいいものが出来たと思っても、次の瞬間、果たして本当にお客様に喜んでもらえるものなのか、役に立てるものなのかと自分に問う。その判断に迷いや不安が過ぎることもあるのだ。そんな時はこの言葉を思い出し、自分がいいと思ったことを信じよう! 誰かの評価ではなく、自分がいいと思ったことを信じてやり抜こう、と心に決めるのだ。その時の自身の強い思いと同じような輝きを、ウォルターの瞳の奥に見たような気がした。信じる気持ちは人を強くする、と私は思う。
ここまで書いていて、なんだかお堅い映画だと感じるかもしれないが、全くもって違うのです! 誰しも経験するであろう人生の悩みや課題についてシリアスになりすぎることなく、ユーモアと冒険のファンタジーが散りばめられ、時にコミカルに話が展開していきます。ぶっ飛んだ大伯父さんの個性もさることながら、一緒に暮らす3匹の犬、豚、ライオンのキャラクターがとてもいいのです! 孤独を感じていたウォルターがハブとガースとの出会いを通じて瞳の輝きが変化し、たくましく成長していく。見終わった後にはじんわりと温かく優しい気持ちになっていることに気づき、私も自分の人生の真実を見つめて、信じて、とらわれずにあるがままにいきていこうと誓うのです。
職業柄か、回想シーンの1900年ごろのヨーロッパの人たちの帽子を含めた着こなしや、ハブとガースが日常でかぶっている帽子の種類、素材、かぶり方などに注目して観るのも面白く、デザインする上でのインスピレーションももらえる作品です。