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新たな鼓動を感じる、萩焼と神授の温泉の地・山口県長門へ。Premium Travel to Nagato / June 26, 2021

萩焼と恩湯を中心に、 長門湯本に吹く新しい風。
一楽二萩三唐津。これは茶人たちので愛されてきた焼き物の産地のこと。萩焼は松本萩、深川(ふかわ)萩と2つの窯に分かれていて、長門湯本温泉のそばにあるのが深川窯。山口県の無形文化財として名高い15代目坂倉新兵衛さんの息子、坂倉正紘さんの作品が今注目されているという。そこで新緑と登り窯の風景が美しい三ノ瀬集落を見渡せる、坂の上に佇む坂倉新兵衛窯(山口県長門市深川湯本1487)を訪れた。
「いま、東京のグロサリーショップ『eatrip soil』で料理人・野村友里さんとのイベントのための器を試作中です」
正紘さんが見せてくれたのは薄いグリーンの器。いわゆる萩焼らしい厚みのある茶碗とは全然違うものだ。
「もともと萩焼は民芸ではなく、毛利藩の御用窯だったんです。今もその文化を守るために茶道具を作り続けていますが、興味の向くまま、いろいろ作ります。僕は、ロクロの偶然の回転でできた形や釉薬の流れ具合を大事にしていて、意図ですべてをまとめないようにしています。焼き上がったときに、それがどう作用するか、また全然違う形や色が出るほうが嬉しいんです」
東京藝術大学で彫刻を学んだこともあって、合間にはオブジェも制作する。
「できるだけプリミティブなものを作りたいから、素材の土は自分で掘ってきたものを中心に使っています。そして、作りたいときに作りたいものを作る。だから、ひとつとして同じものはないんですよ」
彼の作品のほか、深川窯で作陶する田原崇雄さんや坂倉善右衛門さんによる普段使いできる器は長門湯本温泉街にある『cafe&pottery 音』に並んでいる。茶人が好む萩焼の品の良さを受け継いだ器で、音信川を望みながらお茶を飲む時間は至福のひととき。
さて、その温泉街。ここ数年で新たに生まれ変わった。その核を担うのが、昨年リニューアルした『恩湯』(長門市深川湯本2265)。約600年前から続く県最古の温泉で、なんとびっくり、湯船から見えるのは神像。なんともありがたく、まさに神授の湯。
「ここの温泉の泉源は近くの大寧寺が所有しているんです。そのお寺の住職と住吉神社の神様にまつわる伝説があり、住吉の神様が住職から仏法を授かった恩として地域のために使ってくださいと温泉を授けたといわれています。実は改築時にあらわになった岩盤より、想像を超えた量の温泉が湧き出して、これは神様からの祝福だと。毎日、あちこちから湯が湧き出すんです。ほら、神像の下からも湧いてるでしょ」。と話すのは『恩湯』のリニューアルを手がけた、旅館『大谷山荘』の代表・大谷和弘さん。源泉掛け流しの湯でパワーを享受したら、音信川と山あいの美しい風景の中、そぞろ歩きしたい。
海と山、そして音信川。美しい風景が宿る長門めぐり。
Information
ACCESS
山口宇部空港から長門湯本中心地へは車で約1時間半。公営駐車場があるので、温泉街は徒歩でめぐることができる。長門湯本温泉を起点に、長門市の中心地へは車で約20分、元乃隅神社までは約40分。空港から電車の場合、最寄りの宇部線・草江駅から宇部駅へ行き山陽本線に乗り換え。厚狭駅で美祢線に乗り換えて長門湯本駅下車。所用時間は約2時間 。『坂倉新兵衛窯』は訪れる前に必ず連絡が必要。作品は『cafe pottery 音』でも販売している。

photo:Kazumasa Harada illustration:Shinji Abe(karera)